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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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最終章前編「生きているルーツを見つけにいこう」7

「式見先生からここに来ることは止められてたの。


 それがどうしてなのか、私はずっと今日まで考えてた。


 見せたくないものがあるのかな……まだ話してもらってない事情があるのかなって。


 具体的な手掛かりがあったわけじゃないけど、隆ちゃんとここに来て、少しだけ分かったよ。


 あの日のこと、思い出したの。

 大変な事ばっかりで、信じられないことばっかりで、ずっと心臓がバクバクしてた記憶。


 大きな地震が起きて、みんな急いで避難して、音楽室のピアノにもたれ掛かって寝ていた私も一緒に後から追いついて、その後、大きな津波に町全体が飲み込まれていった。


 現実感があまりに無くって、訳が分からなくなって……私はお父さんとお母さんのことが心配になって……どうしても気になって、気付けばこの家に戻ってきたの。一階は沈んでいたし、二階にも浸水が進んでいたから、ここまで来るのも避難場所に戻るのも簡単ではない状況だったけど、自分の中にある衝動を抑えられなかった。


 隆ちゃんはニュースで見たことあると思うけど、震災発生当時、色んな犯罪に手を染める人もいたんだって……信じたくないことだけど」


 コンビニエンスストアでの窃盗やATMの破壊、家屋に浸入しての窃盗。物取りだけでも多く現れるほどに、物資は不足していたし、遠くからやってきた野次馬のような悪い泥棒も少なくともいた。

 避難所での暴行なども徐々に真実味のある形で報道はされているけど、こうした火事場泥棒の存在もまた実在したとされている。


 ほとんどの人が良心的であっても、一部にはそういった悪意を持った人もいる。協力し合わなければならない悲惨な状況の中で、そういう現実が震災当時はあったとされている。


「―――火事場泥棒っていうんだよね。住民が避難所に行って、戻ってこれない状況を逆手にとって、悪事を働く。貴重品や金目の物を狙って人の家に忍び込んで行う犯罪」


 乱れた呼吸を抑え、自分の中でも確かめながら、丁寧に隆ちゃんに自分の思ったこと、思い出したことを伝えていく。


 隆ちゃんもまた私の話しに、真剣な表情で聞いていた。


「晶ちゃんは……その火事場泥棒に会ったの? 窃盗をしようとする犯罪者に」


 私は隆ちゃんの問いにゆっくりと頷いた。


 真実がどうかは分からない、全部私の妄想かもしれない、それでも私は伝えずには言われなかった。別に今になって犯罪者を刑事罰に訴えたいわけでもない、掴まえて謝罪させたいわけでもない、ただ知りたかった、知ってほしかった、その一心で筆談ボードに私は次の言葉を書き込んでいく。


「本当に記憶は朧気(おぼろげ)なんだけど、お母さんも一緒にいた気がするの……。

 

 それで私はお母さんを助けることが出来なくて……自分も泥棒と取っ組み合いになって、泣きじゃくって、必死に抵抗して、それでも私の腕力じゃ全然歯が立たなくて、押さえつけられて、凄く怖い思いをして……。


 その後の記憶はないの、きっとその犯罪者に気絶させられた。


 でも、強く口を押えられて、息が苦しかった怖い感覚は残ってる。


 それが、なんとなく、私が声を失った原因なんじゃないかって……。


 気付いたときには病院のベッドで、その時に私は声を出せなくなっていることに気付いたから。


 そういう風に考えてしまうの……」


 お母さんが泥棒に殺されたかどうかは分からない。


 でも、殺人とはっきり分かる証拠がある状態で殺されたわけではないと思う。

 そうなっていたら、警察が何かしらの捜査をして、両親と私があの場で対面することもなかっただろうから……。


 一番考えられるのは、意識のない状態で、海に投げたという想像。

 混沌とした状況で何があったか分からないけど、そんな想像が頭に浮かんだ。

 

 全部が想像でしかないけど、私は思ったことを伝え終わり、ゆっくりと息を吐いた。


「そっか……それが真実なら式見先生が秘密にしようとしたことも納得できる部分もあるのかな……。晶ちゃん、大変だったね……」


 想像よりずっと怖いことがあったのだろうと心を痛める隆ちゃんの視線が私に向けられる。

 言葉に詰まる様子も見えて、どう慰めればいいか迷っているようだった。

 無理もないことだと私は思いながら、これ以上、あの日のことを思い出すのを止めにして筆談ボードの電源を切った。


 途端に目の前の視界が薄暗くなるが、もうそれを気に留めることもなかった。

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