最終章前編「生きているルーツを見つけにいこう」6
自分の身に何が起こったのかほとんど分からぬまま、混濁とした意識の中を彷徨う。
赤いセーターを着た見慣れた母の姿を見た気がした……その時の記憶が呼び起こされていく。
そうだ、あれは震災の日の記憶だ……。
私は両親を捜しだそうと、避難所からこっそり抜け出して一人で捜索に行っていたんだ……危険を承知で、見つかる保証もないのに。
そして、自宅まで着いて予期せぬ遭遇をしてしまった、会ってはならない犯罪者と対峙することになってしまったのだ。
―—―—意識が戻ると、心配そうな様子でハンカチを手に私の汗を拭いながら、膝枕をしてくれている隆ちゃんの顔が目の前にあった。
「晶ちゃん、大丈夫?」
私はピクリピクリと瞬きをして、強い痛みもなく自分の身体に異常がないことを確かめる。
そして、身体を起こして、筆談ボードを取り出した。
「何か思い出したの? 突然倒れるからビックリしたよ」
心配そうな隆ちゃんの瞳を見ると、罪悪感を覚えた。
こんなに何度も心配をかけてしまう不安定な自分が不甲斐なくなるが、頭の中を整理しながら分かったことを筆談ボードを使い、ゆっくり隆ちゃんに伝えることにした。
私は自分の部屋から一旦出て、廊下の壁に寄りかかった。
木造住宅の廊下の方はあまり汚れておらず、物も落ちていないので座りやすかった。
正面を向けた自分の部屋の全体像が見渡せて、横を向けば一階へと向かう下り階段が見える。
赤い血痕はもうどこにも見えなくなっていた。
靴のまま入るくらいだから、居心地が良いわけではないけど、部屋の中にいるよりはずっと気分を落ち着かせることが出来た。
照明もつかず、倒壊しかけの薄暗い家の中で筆談ボードの明かりが灯る。
タブレットでの音声入力は今でも使うことはあるけど、色々と試す中でこうした電子メモパットが使いやすくて筆談ボードとして使う分には落ち着くようになった。ホワイトボードタイプの筆談ボードも使ってはみたが、電子メモパットの方が灯りも付いて私には扱いやすいと印象だった。
手軽に持ち運べて、書き心地もなめらかで筆圧もしっかりしている。
大きなスケッチブックで伝える姿をよく見ていただけに世の中はどんどん便利になっていくものだと常々思う。
私が筆談ボードに書き込むのを見て、隆ちゃんも隣に座ってこちらを覗き込んでくる。
密着した距離感にまたもやドキドキさせられながら、私は隆ちゃんにも書き込んだ文字が見えるように筆談ボードを寄せた。
”これから話すことは私の妄想かもしれない、どの情報も正確なものではない。それでも、聞いてくれる?”
自分の中にある記憶に信憑性があると私は思わない。
それだけの障がいをすでに私は負っているから、自分を信用していなかった。
それでも、今の自分に繋がるヒントになるなら、それについて考え、隆ちゃんと共有したかった。
こんなに真剣な話をしなければいけない状況じゃなかったら、とっくにキスを求めていたけど、私は冷静に務めた。
(……後でちゃんと、優しく抱きしめてもらうから、今は我慢だよ)
欲情する感情を私は抑えつけて、隆ちゃんの反応を待った。
「うん、分かった。辛いと思ったら中断するんだよ? 時間は十分にあるからさ」
彼の言葉に私は頷いた。
覚悟を決めて、思い出したことを私は筆談ボードに書き込み始めた。




