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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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最終章前編「生きているルーツを見つけにいこう」5

 目的地である四方家に辿り着いた私たちは玄関の扉を開き、家の中に足を踏み入れた。本当は家を完全に取り壊していてくれたら、こうして入ることもなかったのにと思う程だった。

 正直に言って未だにこの家の原型をとどめる意味が本当にあるのかは分からない。管理は式見先生に任せているから、私が頼めば跡形もなく消してくれるのかもしれないけど、そんなことを言う勇気はとてもなかった。


 自分が育った場所で思い出が詰まっているといえば残しておきたいと思うのが自然だが、家の中に入ってみると殺風景な光景が広がりほとんど家具もなければ思い出の品と呼べるものはなかった。ずっと母が大切にしてきたピアノさえも。


 そもそも電気も水道も止まっていて、もう一度住むことを想定していないことが分かって、それも当然のことかと思い至った。


「…………」


 異様に家の中が広く感じるほどに物悲しい、殺風景で何もない部屋に隆ちゃんも言葉を失っているようだった。


 私は多くの品が式見先生の家に送られていたからこの現実を覚悟していたけど、ここまでやってきた価値をどうにか見つけ出そうとするのは難しい様相だった。


 階段を昇り二階に上がると貴重品という程ではないが家具や本といったものや、ガラクタのように置き去りにされた子どもの頃使っていたおもちゃが無造作に散乱されていた。

 一階は震災で波に完全に飲まれ、沈んだことからまとめて掃除を済ませたという事だろう。二階があまり片付けられていない様子からそのことが把握できた。


「……なんだか、言葉にならないね。本当にここまで津波がやって来てたんだ」


 靴で家に上がって正解だった。二階に至ってはガラス片なども完全に取り除かれてはおらず、安全とは言えない様子だった。


 隆ちゃんは現実の恐ろしさに心を痛めているようで、事前に覚悟をしていたおかげか変に冷静な私とは正反対だった。


 泥で汚れたくまのぬいぐるみや布団、学習道具に至るまで、懐かしさと一緒に強烈な喪失感を覚えた。


「……晶ちゃん、ここにもう少しいるの? もしかして何か思い出したのかな?」


 隆ちゃんには私が何を考えているのか分からない様子だった。

 それは私もよく分からないくらいで、でも、気分を害するだけと分かっていても、どうしてかこの場からなかなか離れられなかった。


 彼は私の心情を察して早々にここから離れた方がいいと思っていることだろう。この後は彼の家を訪れることになっている。そこはまだ住める状態まで復興が進んでいるという話しを事前に聞いていたから、なおさら彼の言葉は理解できた。


 ふいに私の視界にあるはずのない”血痕”が見えた。


 はっきりとした赤い血だまりのような血痕、布団にもカーペットにも付着している。

 見えてはいけない予感を覚えた次の瞬間には視界がグラついて、私は身体から力が抜けてその場に膝をついた。


「―——晶ちゃん、どうしたの?」


 目の前にいるのに、隆ちゃんの声が遠く聞こえた。


 身体が小刻みに震え、血が見えることを伝えようと口をパクパクさせるが声が出てくれることはなかった。

 

 もう、隆ちゃんの姿もよく見えなくて意識が混濁として来ているようだ。


 原因も何も分からないが、嫌な汗が流れてきて、呼吸が荒くなっていく。



 頭の中で記憶を遡っていく感覚と共に、大きな男の人の声と私の叫び声が響き渡った。



「―—―—返してっっ!! 返してっっ!!!!」



 大きな男の腕を私が必死な表情で掴んでいる。

 知り合いでもない男に大切なものを奪われてしまったようだ。


「すっこんでろっ!! さっさと言うとおりにして避難所に行ってりゃ痛い目に遭わせなくて済むんだよっっ!!!」


「―――やだぁ!! やめてっっっ!!!! 離して!! お母さんが!! お母さんがっっ!!!」


「―――黙ってろってんだっっ!!!!」


 話しの前後も分からないまま頭の中に響き渡る怒声。気味の悪いくらいの恐怖感と嫌悪感に包まれる。

 

 男の怒号に臆することなく懸命に叫び訴えかけるが、まるでこちらの願いが届く様子はなかった。


 激しい動悸の続く中、大きな手で口を押えられる感覚と共に、それ以上現場の状況を確認することも叶わず、息苦しさを覚えたまま気絶するように私は意識を失った。

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