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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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最終章前編「生きているルーツを見つけにいこう」4

 瓦礫の残る町並みをバスが走行し、よく揺れるバスの車内から広大な海の景色が一望できるようになった。


 こうして穏やかな海の風景は青く澄み切っていて、美しい全ての生物の故郷そのものだけど……。私はあの日、海の本当の怖さと巨大さを知った。

 

 信じられないほどに荒れ狂い、迫って来る大津波の恐怖を思い出し、彼の手を握る手に自然と力が入る。


 変わり果てた故郷の町並みを眼前に捉え、多くのものを失うことになった震災の日に帰ってきたような心地に囚われ、その恐ろしさに必死に堪えた。


”大丈夫?”と心配して話しかけてくれる隆ちゃんに、私は瞳を潤ませながら頷いた。

 優しくされると余計に両親を失った事実を強く意識させられそうだった。


 冷房設備の付いたバスから降りると、視界もぼやけるほどの蒸し暑い陽気に襲われ、軽く眩暈がしたが、麦わら帽子を掴んで、太陽光線を直接浴びないようにすると少し気分が軽くなった。


 バスの中で会話をした家族に別れを告げ、私たちはセミの合唱が鳴り響く懐かしい海辺の町並みを歩いた。


 人気(ひとけ)のない、ところどころ舗装(ほそう)の不十分な町並みを歩き、震災の爪痕を実感し、それでも復興活動に従事する人々の姿を尊敬の目で見ながら、最初に訪れたのは母校だった。


 私が震災の日まで通っていた高等学校の校舎はあの時とほとんど変わらない姿で保存され、放置されていた。

 津波に飲み込まれたことがよく分かる倒壊された校舎を直接この目で見て、仮設校舎に生徒たちが通うことになった現実もよく理解できた。


 私はここまで歩いてきた疲れもあり、隆ちゃんと筆談ボードであの日のことを話しながら、少しの間、時間を潰した。


「大変だったね……この有様を見ちゃうとどう言っていいか分からない、でも校舎はこんなことになってしまったけど、ほとんどの生徒が無事でよかった」


 私の話しを聞いた後で、真面目な表情をした隆ちゃんが呟いた。

 地震発生当時、私は音楽室のピアノにもたれ掛かったウトウト眠っていたことも話した。


「ここに来ると少しは実感するね、地震とか津波の規模とか、それによってどれだけ生活が一変することになるかとか」


 隆ちゃんの言葉に頷きながら、しばらく時間が経過して、私たちは思い出深い一緒に通っていた小学校も訪れた。


 校舎を見ると、一部が倒壊していることにショックを覚えたが、それ以上に校舎や体育館が当時より遥かに小さく見えて、自分たちの成長の方を実感した。


「懐かしいね、卒業式以来か……綺麗に咲き誇ってた桜の景色が今も頭に浮かぶよ。

 一緒に演奏した記憶も、晶ちゃんのカノンの音色も」


 しみじみと言葉を溢す隆ちゃんに私も一緒に懐かしい気持ちになった。


 また満開の桜をこの目で見れる日は来るだろうかとふと考えてしまう。


 校舎の中にまで入るのは遠慮して、ただ校舎の景観を眺めた。

 4年の時を経て、あの日の出来事を共有することができて、それだけで来た甲斐があったと思えた。


 小学校を離れ、商店街の様子などを道すがらチラチラと確認しながら、私の家へと向かった。


 式見先生にはずっと止められていたけど、私の家の様子を見るのは、今回の旅の目的の一つだった。


 ”行かない方がいい”と言われると、余計にそこに何があるのか、なぜそんなことを言ったのか、その理由がどうしても気になってしまうものだ。

 怖いもの見たさのような感覚だけど、隆ちゃんと一緒だから、私はきっと大丈夫だと思った。


 見知った道を歩き、震災後の変わり果てた様子を実感しながら、気付けば四方家の家屋が目の前にあった。


 表札を見つめていると途端に胸が締め付けられる、もう、当たり前の日常が帰って来ないことを嫌でも認識させられるようだった。

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