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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第15章「愛の形」5

 夜の時間が過ぎていき、このままだと朝日が昇ってしまうかもしれないと思っていた頃、思い詰めたような表情を隆ちゃんは浮かべた後で、一つの提案を私にした。



「晶ちゃん、一通り演奏会が落ち着いたら、一緒にオーストリア、ウィーンで一緒に暮らさないか? この日本を離れて。

 

 本格的に音楽に触れれば晶ちゃんの身体ももっとよくなるかもしれないって思うんだ。


 いや、そうじゃないな。


 この地に留まるからこそ治らないのかもしれないって思うんだ、余震を経験するたびに脅える晶ちゃんの姿をみると、強くそういう風に考えさせられるんだ。


 こんな提案をするのは酷だし、するべきではなかったかもしれないけど、さっき、声を取り戻しかけてた晶ちゃんを見て、言わずにはいられなくって。


 僕は晶ちゃんの声が聞きたい。


 元気な姿に戻った、晶ちゃんとずっと暮らしていきたいんだ」


 真剣な表情で、一つ一つ言葉を紡いでいく隆ちゃんの想いが胸に沁み込んできた。


 私だって、出来ることならこんな不便な身体のままでいたいとは思わない。


 普通に会話できることを望んでる。


 だから、隆ちゃんの提案をすぐに否定できなかった。



 私の耳はあのコンクールの演奏を通じてまた聞こえるようになった。

 奇跡だったのかもしれないけど、それは本当のことだ。

 

 きっかけがあれば、元に戻ることもある、そう信じさせてくれる出来事だった。



 ついさっき、彼といることで、彼に抱かれることで、喘ぎ声がこぼれた。

 激しい運動の中で辛うじて声を出すことが出来た、勘違いでないと思いたい、自惚(うぬぼ)れではないと信じたい。


 

 彼とずっといれば、愛し合っていけば。いつかまた声をだせるようになるかも、喋れるようになるかもしれない…。


 オカルト的な甘美な誘惑にも聞こえるけど、それでも、彼のそばにこれからもずっといたいという気持ちは本心だった。



「隆ちゃんは私とずっと一緒にいたい、そういうことだよね?」


「もちろん、離れるのは嫌だよ。こんなに深く繋がることが出来たんだから。これっきりだなんて嫌だよ」


「うん、私も、一緒にいたい……。また、離れ離れになるなんて嫌だよ。

 ずっと近くにいて、声を聞かせて欲しいよ」


 嬉しさと切なさで、私は涙ぐんでしまう。


 求めあう気持ちは、再会を果たしたことで大きくなった。


 小学生の頃より少しは大人になって、現実的に状況を見て、一緒にいる手段を考えることだってできるようになったはずだ。


 お互いが望みさえすれば、ずっと一緒にいることだって……。


「ヨーロッパもさ、凄く広くて綺麗なところもたくさんあるんだ。

 言葉の壁はあるけど、新鮮なところもあって、気候的にも過ごしやすくて。

 晶ちゃんに、案内したい場所、たくさんあるんだ」


「うん、私も行ってみたいところいっぱいある。

 海外暮らしなんて、夢見たいって小さい頃は思ってたけど、隆ちゃんが留学して、それもいいかなって思うようになったよ。

 一緒に過ごす、オーストリアでの日々、幸せでないはずがないよ」


 暗い部屋の中で、何度もメールでメッセージを送り合って、愛おしい気持ちを私たちは共有し確かめ合う。


 求めあう気持ちは確かにあって、ヨーロッパで一緒に暮らすことも、夢のまま終わらせずに、真剣に考えてみるのも頃合いなのかもしれないと思った。



 でも、私はそれで本当にいいのかな…。


 それが私の本当にしたいことなのかな。


 彼と日本を離れることを望んでしまっていいのかな……。


 その後も色んな言葉を掛けてくれて、一緒に過ごしたい気持ちが途切れることはなかったけど、彼の問いに対する答えは、明確には出来なかった。


 それはきっと、自分を今取り巻いている多くのことに対して、裏切る形になることに薄々気づいていたからだった。


 でも、私はまだ、彼に何を”裏切る”ことになるのかも、それを伝える勇気も、ちゃんと伝えるために必要な整理するための時間も足りなかった。


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