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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第15章「愛の形」1

 表彰式が無事に終わり、私と隆ちゃんは着替えを済ませるとコンクールの余韻に包まれた雑踏の中を抜けだして、宿泊先のビジネスホテルまで直行した。

 式見先生と約束していた打ち上げは仙台市内の家に帰ってすることになったので、今日の夜はゆっくり二人きりの時間を過ごせることになった。


 長い一日を経て、すっかり陽が落ちて夜の闇に浸された都会の街だったが、街灯の明かりや夜も開いているお店や電気の付いた住宅も多く、この都会にいると夜になっても眠る気配すら感じなかった。


「晶ちゃん、そんなに急がなくても……」


 会場ではあまりゆっくりもできず、お腹も空いていたけど、早く私は二人きりになりたくて、自然と早足になって街路樹のある歩道を歩いていた。

 私は雰囲気を壊すようなことを隆ちゃんが言うたびに、途端に手を繋いで握っている手に力を込めて軽い抵抗をしてみせた。

 握力はそれほどないので、隆ちゃんが痛がったことはないが、私が力を込めて握るたびに彼は苦笑いを浮かべて、急かす私のために歩幅を合わせてくれた。


(……雨が止んでくれている、今のうちに)


 生温い雨も止んで、不安が私を襲うことはなかった。

 どうしてだろう、雨が降るのを見ると、未だに時折濁流のような津波と同じように私の大切なものを(さら)ってしまうのではという錯覚を抱いてしまうのは。


 私の大切な人を、隆ちゃんだけは絶対連れて行かれたくない、だから、雨を避けるように私は歩いている。



(抱いてほしいの、雨が止んでいる間に。変なのかな……、こんな風に思ってしまうのは。あんなにコンサートホールでは堂々としていたのに、やっぱり私は気を張っていたのだろう、あんな風に乗り越えたようなフリをして……でも、いち早く二人きりになって隆ちゃんに抱きついて甘えたいって思ってる。


 何て変な私……。こんな不安定な気持ちは早く消えてくれたらいいのに)


 人間の集中力は長く続かないというけど、そういう気分なのかもしれない。


 次に人前で演奏するのはしばらく先だと思い、ピアノシューズのままで隆ちゃんの手を掴みながら歩き続け、短期間宿泊してきたホテルまで戻って来た。


 私たちはホテルに到着すると、一緒に隆ちゃんの客室に入った。雑踏を抜けてようやく不安から解放されたような心持ちだった。


 昨日した約束がなければ隆ちゃんはすぐに母親と暮らす借り家に帰ってしまっていたかもしれないと思うと、私の意志によって独り占めしているような気持ちになった。


 客室に入り、反射的に電気を付けようとする隆ちゃんの手を私は制して、広いベッドの上に手を取って導いた。


「晶ちゃん……」


 隆ちゃんの緊張の色が伺える呟きが聞こえた。

 あまりに急かしてしまっていることは自覚しているが、この熱く昇ってくる感情を抑えようがなかった。


 私は彼をそのまま白くて大きくて、ふわふわのベッドの上に押し倒して、彼の胸に手を置きながら、自分の頭を擦り付けるように一番安心できる胸のぬくもりに触れた。

 

 欲しかったものがやっとそばにやってきて、孤独だった気持ちが満たされていく。


 舞台上に立つ演奏者として孤独。


 ただ一度の演奏で今後の人生が左右されてしまうような、そんな緊迫感の中を漂う経験を、私も隆ちゃんも深く味わった。

 

 そこから、やっと乗り越えられたから、解放されたから。


 頑張ったご褒美に私は一番欲しいものをねだった。


「いいの? 僕が抱き締めても? 晶ちゃんは僕でいいんだね?」


 王子様のような隆ちゃんが私の気持ちを確かめようと今一度言葉を掛けた。


”抱いてほしいと最初に言ったのは私だ”


 愛しい人の声をしっかり聞いて、顔を彼の方に向けると私は頷いた。

 

 そして、ゆっくりと腰に手を回す隆ちゃん。

 温かくて、優しくて、懐かしくて、大きくなった彼の身体に私は包み込まれた。


 夢心地ような感触を味わいながら、ゆっくりと私たちは顔を近づけ、待ちに待った口付けをした。

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