第14章「Rain」2
ジュースを飲みながら談笑する人々、その中で、私はひっそりとその場の空気から離れて行く、そうして気付けば控え室を出て、出来るだけ目立たないよう忍び足でエントランスまでやってきていた。
ドレス姿でまだいるから、あまり人目に触れないよう慎重に一人になれる場所を探して歩いた。
なんとかお手洗いで一休みしてから、エントランスの窓の近くで一人佇むことができた。
(―—————やっと、聞けたね)
私は自分に告げるように、心の中で呟いた。
雨の音だった、聞かない方がいいのかもしれないとも思ったけど、聞いてみると気持ちが柔らいで、さっき聞いた時と全然違った印象のまま癒されるほどだった。
これなら、ずっと聞いていられる。
コンサートホールから聞こえる壮大なオーケストラの演奏と共に私は雨音に耳を澄ませた。
しばらく、そうしていた。
どのみち、審査結果が出て、表彰式が終わるまではここを出られないのだ。
こうしていたって悪くないはず、そう私は言い聞かせながら、ゆったりと目を閉じて、演奏の疲れを癒しながら、窓にもたれて立ったまま穏やかな時を過ごしていた。
「―—————見つけた、そっか、雨の音を聴きに来ていたんだね」
(……隆ちゃんだ)
私は急いで目を開いた。
まだ舞台衣装のままの隆ちゃんの姿がそこにあった。
私は派手な白いドレス姿をしたまま二人きりになるのは気恥ずかしさがあったが、彼が私を捜し回って、会いに来てしまうのは時間の問題だったのかもしれないと思った。
「最初の独奏、あれって『Rain』って曲なんだね、寂し気な曲だけど、澄み切った綺麗な音色だった。今日の演奏は本当に、驚かされてばっかりだよ」
話したいことは私と同じで山ほどあるのだろう、彼は興奮冷めやらぬ様子で私の演奏の感想を述べた。
私は、大切なことを伝えるために彼に寄りかかった。
触れ合う身体、その積極的な行動に言葉を止める彼、私は昨日海でしたように肩に手を置いた。
それが”私の話しを聞いて”という合図であることは、彼はもう十分に分かっていた。
「……何かあったの?」
私の真剣な表情と眼差しに心配そうな顔をして隆ちゃんは私を見た。
そして、私は右手を彼の方に載せたまま、残った左手で左耳をトントンと指さして、ゆっくりと口を開いた。
それから、彼の目を見ながら”きこえるの”と唇をゆっくりと動かして口話で彼に伝えた。
「本当に?」
信じられないという驚きの表情を浮かべながら彼は私に聞いた。
その言葉に私は真っ直ぐに頷いて見せた。
「嘘じゃないよね? 本当なんだよね……? 聞こえるようになったんだよね? ちゃんと、聞こえるようになったんだよね?」
涙ぐみながら何度も確認する彼の姿に、私も心打たれながらもう一度頷いた。
「そっか……本当、良かった。こんな奇跡があるんだね」
感傷的になる彼の姿を見て、より一層私は両耳がちゃんと聞こえるようになったことを実感した。




