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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第14章「Rain」1

 雨の音が聞こえていますか?


 どんなふうに、あなたには聞こえていますが?

 

 その音は悲しいですか? 寂しいですか? 怖いですか?


 私には心地よく聞こえます、傘を差して雨を弾いて、響いてくる音


 隣で傘を差して一緒に歩く彼の姿


 それがちゃんと見えるから、もっと寂しくなんてない


 一人じゃないって思える



 私は……そうなんです、こんな風に変わることができたんです



 だから、大丈夫、このピアノの音色を聴いて一緒に歩みだしましょう


 今からでも遅くない、遅くないから……歩き出しましょう


 勇気を振り絞って、あなただってきっと一人じゃないから


 しっかり傘を差して、波に連れて行かれないように 


 ゆっくり、歩き出しましょう


 雨が上がった後に差す陽の光は、とても尊く、暖かいものだから




 演奏が終わり、控え室に戻った私は興奮した様子の隆ちゃんに出迎えられた。


「晶ちゃんおかえり、凄かったよ。プログラムの間、驚かされっぱなしだった。

 あんなに美しくて、力強くて、繊細なラフマニノフを聴いたのは生まれて初めてだよ」


 私のことを歓迎しながら、捲くし立てるように感想を言ってくれる隆ちゃん。

 私は演奏で疲れながらも、両耳で聞く隆ちゃんの声はなんて魅力的で瑞々しくて愛おしいのだろうと思っていた。

 声変わりをしても、優しさや繊細は残っていて、それなのに低音が心の奥にズシンと響いてくる。


 あぁ、ちゃんと聞けるというのはこんなに幸せなことなのだと改めて気付かされた。

 

 一度失ったからこそ気付くことのできた素晴らしさ、尊さ、私はその味わいをじっくりと噛みしめる様に隆ちゃんの声で感じ取った。


 さらに、控え室には客席で聞いていた式見先生も颯爽と姿を現していて、気さくに声をかけてくれた。


「凄く良かったわ、感極まってしまったわ。

 こんなに感動させられることってあるのね、二人とも本当に頑張ったわ」


 式見先生の言葉はたまらなく嬉しい。

 ずっと、聞いていたいと思う、沢山お世話になったから。


 そこから先も他のコンテスタントやスタッフからも賞賛の声を隆ちゃんと共に掛けられる、打ち上げのような空気感のまま審査結果を待つ流れになっていた。


 コンサートホールでは次のステージへの準備が進み、副賞であるプロのオーケストラの演奏が始まっていた。

 

 審査結果を待つまでの余韻を楽しむような雰囲気。


 もちろん、コンサートホールで聴いている人にはそちらのプロのオーケストラ達を目的に来ている人もいるのだけど。彼らの中にはこのコンクールで表彰されたことをきっかけに一躍有名になり、プロの演奏家になった人もいるから、同窓会のようなものでもある。

 それだけコンクールが歴史の中でしっかりとファンも根付いてきた証明である。



”私は、早く隆ちゃんと式見先生に耳が両耳とも聞こえるようになったことを、ちゃんと知らせたいと思うのに、なかなかそのタイミングが来なかった”


 いや、それだけではない、私はもう我慢するのも辛いくらいに愛欲に飢えていた。


 こんなこと、とてもじゃないけど言葉にして彼に伝えられないけど、今すぐにでも抱きついて、キスをしたくてたまらなかった。

 そうやって愛を確かめ合って、褒めて欲しかった。褒めてあげたかった、今日頑張ったことを、今日までお互い頑張ってきたことを。


 でも、もうちょっとだけ、我慢しなくちゃ。


 唇が渇いて、唾液が舌に絡んでしまうけど、夜まで待たなきゃ、二人きりになるまで待たないと、欲求不満の変な女子だと思われたくはないから……もう少し、後少しだけ。


 審査結果が出て表彰式が終わるまでは、しっかり自我を保っていよう、それも自分に課した約束だから。


 でも、早く両耳が聞こえるようになったことは伝えたい。


 それだけでも早く伝えたかった。


 これまで支えてくれたことへの感謝の言葉と一緒に。


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