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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第12章「プリンスプログラム」6

 私たちはホール内にあるカフェに入って、落ち着きながら話をすることにした。


 おじさんはブラックのコーヒーを頼み、隆ちゃんのお母さんはロイヤルミルクティー、私はアイスカフェオレを頼んで席に着いた。


 聞きたいことは、話してくれるかは分からないまでも多くあったが、今日の演奏の感想を先ずは聞くことにした。

 演奏を目の前で聞いた後ということもあり、話しやすい話題だったのか、おじさんは間髪入れずに話し始めた。



「審査員も息子の演奏は絶賛していたが、確かに今日の演奏は今までの息子とは違った。

 あんなに生き生きとして楽しそうに演奏する姿を目の当たりにするのは初めてだ。

 これは審査員としての目線でも言っている、演奏に対しての熱量や充実した表情をしていることも審査員の見る目にとって重要な要素の一つだ、そういった意味でも成長したという事だろう。


 ”君が変えたのだな”

 

 個人的な見解を言えば、もしチャイコフスキーの曲を選曲していたら、途中で出ていく覚悟だったが、しっかり自分というものを持てるようになっていて安心したよ。


 ずっと親を意識して演奏しているようでは、唯一無二のピアニストにはなれないからな」


 私が見た中で隆ちゃんの父は今この時が最も饒舌に息子のことを語っているように映った。


 そこには、胸の内では興奮冷めやらぬ、熱く滾る想いを今日の演奏から感じ取っているという事だろう。一緒にウィーンで暮らしながら彼の様子を見ているだけのことはあってよく見ているんだなと思った。

 

 ロシア演奏家達の師、チャイコフスキーが欧米で有名になったからこそ、後に多くのロシア演奏家が台頭することができたとも言われている。

 

 チャイコフスキーあってのラフマニノフというのもまた一つの真実である。


 そう考えると師であるチャイコフスキーの曲をこの大事なピアノコンクールで演奏することは、屁理屈のようではあるが父親のことを意識しているという証明にもなる。

 

 親子共にチャイコフスキー好きであるのに、それもまた複雑と感じる気持ちを抱きながらも、隆ちゃんにとっての師は父親であるこの人なわけだから、そこに囚われない演奏をしてほしかったのだろう。

 

 ちょっと複雑な親心のような話だけど、今日の隆ちゃんのラフマニノフの演奏を思い返すと納得も出来た。


 あれは確かに隆ちゃんだからこそできる自分の演奏だった。

 父の影響を受けず、自分で磨いて形にした、そんな芸術的演奏だったと思う。


 隆ちゃんはオーケストラの中でタクトを振るう父の姿を見て来たと聞いているし、そこでチャイコフスキーを好きになったという話しも聞いたことがあるから、話しは理解できた。


 それから、私のことも少し話しながら、もう一度、隆ちゃんの話しに戻った。


「君には悪いことをしたと思ってるよ。

 それは、息子の意志が固かったから仕方なかったのもあるが、一言二言君とは話しておくべきだったと思う、君は私の息子を変えたピアニストなのだからな」


 隆ちゃんが小学校の卒業と共にオーストリアへ留学したことをそんな風におじさんは振り返った。

 こう改めて言われるのは恐れ多いと思いながらも私はおじさんの話しを聞いた。


 こうして話すおじさんの姿は柔らかい口調で穏やかな性格に見えて、別に息子に興味がないからずっとウィーンに暮らしているわけではないのだと分かる。


 ウィーンにずっと滞在しているのは純粋に音楽を愛しているからなのだろう、指揮者として、作曲家として活躍しているこの人らしいと思う。


「最終的に決めるのは息子自身だ。実力を認めてしまった以上これからはそうなるだろう。

 小さい頃は、音楽をやらせるつもりは毛頭なかったのだがな……。今日の演奏を聴かされてようやく納得して受け入れられる、私はこういう人間だ。

 自分の仕事である音楽を優先し、家族を蔑ろにしてきた。

 その自覚がありながらも、日本で働く道を選ばなかったのだから。

 息子には出来ればそういう生き方をしてほしくはなかった。

 今になってみれば、それは親のわがままなのだろうがね」


 不思議だ……大人とはもっと頭が固い生き物だと思っていた。

 私が隆ちゃんを変えたと思うのは流石に(おご)りがすぎると思うけど、私の身に起きたことを思えば誰でも優しくはなるのかもしれない、関係ないことかもしれないけど私は思った。


 おじさんの話しに関心を寄せているところで、隣にいる隆ちゃんのお母さんが今度は口を開いた。


「私は音楽のことはよく分からないから、いつも放任主義にしちゃってたから、晶子ちゃんがいてくれてよかったわ。

 今はあんなに生き生きとしていて、自分の意志を持ってやりたいことを決めて、やり遂げられる。

 本気でここまでピアノにのめり込むと思わなかったから、本当に驚かされてばかりね。

 私は、正直音楽を嫌いになると思ってたから。

 夫はこんなんだから、音楽の魅入られるように惹かれてそればっかりで、隆之介とコミュニケーションをロクにとってこなかったから、きっと夫のことと一緒に音楽のことも憎んで、嫌いになると思ってたのよ」


 こちらの話しも興味深くて私は考えさせられた。

 

 しかし、人それぞれ生き方を変えるのも、決めるのも難しい。

 

 そうした中で隆ちゃんがここまで来れたことは、家族にも恵まれたからだと思う。



「ありがとうございます。たくさん家族の事情の事まで話してくれて。

 私は隆ちゃんに出会えて本当に良かったと思っています、それにご両親にも。

 これからのこと、将来のこと、まだ高校生の身ですけど少しずつ考えていこうと思います、私が隆ちゃんと将来一緒にいたいことだけは確かな真実なので。


 恥ずかしいことを言葉にしてしまった気がしますが、私は今日の演奏をとりあえず頑張ります。


 話しを聞かせてくれてありがとうございました」



 私は二人が話してくれる話でまた隆ちゃんのことを深く知りながら、少しずつ将来のことも考え始めた。

 伝えるべきを伝えた後で、私は筆談ボードを胸に抱えながら、立ち上がった。


 私は帰らないといけないであろうおじさんに悪いと思い、お辞儀をしてこの場を後にすることにした。


「君も頑張りたまえ。私は帰ってやることもあるから演奏を聞く時間まで居られないかもしれないがね、息子は君の演奏を楽しみにしているはずだ、せっかくの機会、若いもの同士楽しんでくるといい。


 私はね、本当は審査員の皆に挨拶にここに出向いたのだよ。

 息子が出場すると分かって審査員を辞退する身だったのでね。

 挨拶ぐらいはと思って来たのだよ。


 ありがとう、君がいてくれてよかった。

 君の存在が息子を変えた理由も、あの熱意の真相もしっかり分かった気がしたよ」


 私はおじさんの言葉を不思議に思いながらも、優しい言葉に感謝してその場を立ち去った。


 彼と交際していることについてはおじさんから触れられなかったけど、それはいいのだろうか。男の子を持つ親の気持ちはよく分からないので、私は深入りした質問をするのは控えた。


 私が聞きたかったことは十分なくらい聞けた、後は私たち次第なんだろうと思うから、私は私で精一杯の演奏をしよう。


 そう心に決めて、私は未だ胸の奥にわだかまりを抱えながらも、最後の確認をするために、控室に置いてあるピアノへと向かった。


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