第12章「プリンスプログラム」3
本選での出番は僕が最初で彼女は5番目、つまり最後だった。
最後の演奏者である晶ちゃんの出番はまだ三時間以上先にあるので、晶ちゃんは本番に向けて着替えて準備を始める僕を見守ると、後は客席で待ってると伝え、ギュッと掴んでいた手を離して、甘い香りを残しながら控室を去っていった。
勇気は十分にもらった、だから大丈夫だと僕は自分に言い聞かせて、頬を両手で軽くたたくと、気合を入れ直して舞台袖へと向かった。
襟付きシャツに長ズボン姿でスタンバイに入った僕。
刻一刻と出番が迫る中、時計の針を見るスタッフが合図をくれるのを待つ。
昨日のリハーサルではつい感覚が機敏になりピアノの調律が気になって仕方ないほどだった。コンテスタントにとっては大事な演奏ではよく陥る症状だが、僕もそれほど緊張しているということだろう。
もうすぐだ……ホールの熱気を感じ、自然と気持ちが高ぶってくる。
舞台でグランドピアノが、オーケストラが僕を待っている。
なんというワクワクだろう……ここに至ってはまるで出走前のランナーのように興奮せずにはいられない。
だって、これから大好きな曲をオーケストラと共に会場の聴衆に届けることができるんだから。
「佐藤さん、時間です」
年配のステージマネージャーがゆったりした声色で呟く。
僕は名前を呼ばれゆっくりと頷いて、一歩、また一歩とはやる気持ちを抑えながら歩み始めて、眩いばかりの照明が照らし出すコンサートホールへ姿を現す。
大きな拍手で迎えられながら僕は期待を含んだ表情柔らかな聴衆の姿を確かめながら大きく中央にあるピアノの前でお辞儀をした。
大勢の聴衆の中には晶ちゃんもいる、そのことが僕にさらなる勇気をくれた。
安心していい、大切な人をそばに感じていられるから。
だから、ここで佐藤隆之介にしか出来ないような演奏を披露したいと、強く思った。
ピアノ椅子に座り、聴衆が演奏の始まりを固唾を飲んで見守る。
僕は指揮者と目を合わせ、アイコンタクトを交わす。
準備は整った、後は演奏が終わる最後の時まで、力の限り駆け抜けるのみだった。
そして、呼吸を整え、オーケストラとタイミングを合わせ、タクトが振られると共に心待ちにしてきた演奏が開始された。




