第11章「二人きりの海へいこう」2
私たちの出場するピアノコンクールはいよいよ地方での予選が始まり、いよいよ課題曲を披露することになった。
佐藤隆之介、隆ちゃんはというと早めに日本に来て特訓をしていたおかげで、その完成度の高さは私が聞いていても唸るほどだった。
表現力一つをとってみても課題曲の捉え方は見事で、壮大さや荘厳さなど、クラシックとして大事なしっかりとした強弱のある表現をしており、耳を澄まして聴いているとその世界観に自然と引き込まれてしまった。
そういうことで、隆ちゃんは苦労を見せずに本選まで進出した。
課題曲が難しめであったこともふるいを掛ける意味で、隆ちゃんにとっては有利に働いたかもしれない。
元々、隆ちゃんは難易度の高い曲に果敢に挑戦するタフな性格だったから、課題曲にも根気よく取り組んでいた。
私としては本選での自由プログラムでどんな演奏を見せてくれるのか、気になって仕方ないが。本番の時を楽しみにして待とうと思う。
私の方は言うと、式見先生と二人三脚で予選をなんとか勝ち上がった。
課題曲の難しさでなかなか自分の不甲斐なさもあってマッチしなかったが、式見先生に泣きつきながら、地下の防音室で秘密特訓を繰り返した。
本番は緊張したけど、大きなミスもなく、手応えというほどのものはなかったけど、無事に本選に進めることができてホッとしている。
本選には5人のピアニストしかいない、自分がその中に選ばれただけでも準備期間の短さや身体のことを含め奇跡に近いものだった。
5人のファイナリストとなり、本番の舞台である東京まで行くと、久々の東京でもあることが自然と気持ちは上がって、楽しみで仕方なかった。
隆ちゃんと一緒に東京に行けることも嬉しかったし、このお祭りのような日々がもう少し続くことも嬉しかった。
そして、東京に入り、本選で一緒に演奏する学生オーケストラとのリハーサル練習をこなし、残った時間で私は本番前に隆ちゃんと海を観に行きたいとおねだりをした。
電車の乗り換えをしながら陽が落ちる前に海を目指す。
私が太平洋沿いがいい! なんていう図々しいわがままにも隆ちゃんは嫌な顔せず頷いてくれ、東京旅行ついでの小旅行のような感覚で海まで向かった。
目指した場所は人気のない海岸で、岩場もあるし綺麗な砂浜もある場所だった。
「晶ちゃんは緊張してる?」
砂浜に到着するまでの道中、長い電車の車内で隆ちゃんは私にそんなことを聞いた。車内は少し揺れるがコミュニケーションを取る時間は十分にあった。
「う~ん、あんまりかなぁ、お客さんが入ってる観客席を見たり、いっぱい照明の付いたホールのピアノ椅子に座って、いざ、これから本番だ!って時になると緊張もするけど、演奏を始めると夢中になっちゃうから、緊張はあまり意識しないかな。
でもでも! 明日の本選は全然別物だよ? オーケストラの皆さんと合わせて演奏するの時はちゃんと合わせないと!ってオーケストラの音も聞くから、そっちに集中力も割かれてミスしないようにって思って緊張しちゃうし、それに! 舞台衣装のドレスが肩が出てたり派手だったりで、それが本当に恥ずかしくて緊張しちゃうよ!」
私は電車内ということもあり、筆談ボードを使って、並んで座りながら会話をした。
頭に浮かんだ通り、上手に書けているわけではないけど、隆ちゃんは頷きながら私のするしぐさの部分も言語的に解釈してしっかり理解してくれた。
「晶ちゃんは僕とは違うベクトルで大変そうだね……。
そのままでも晶ちゃんは綺麗なんだから、気にしなくていいと思うのだけど」
隆ちゃんはさり気なくも私のことを綺麗だと褒めてくれた。
「いちいち視線を向けられる身になると、それはそれで常識とかセンスとかコーディネートとか意識しないと、何言われるか分からないの……。
下手な格好をすると、ファッションセンスを指摘されて面倒くさくって……。隆ちゃんは男の子だから指摘されることも少ないし、気にしないかもしれないけど。
本当に私服で友達と街を歩くだけでも言われるんだから……。
そういう人は自分のファッションの方が優れていると思っていて、他人にそれを広めたいなんてありがた迷惑なことを考えてることがほとんどなのだけど……。
私のことを見て羨ましいと思うのは勝手だけど、こっちの方が似合ってる! なんて言われても困っちゃうよね……好みは人それぞれなんだから……。
あっ、でも、隆ちゃんのリクエストならいいよ?
こんな髪型にしてほしいとか、こんな服装も見て見たいとか、そういうのは歓迎だから、どんどん言ってきてね」
何だかこうして東京まで来てデートをしていると自然と上機嫌になって文字を書き始めると止まらなかった、隆ちゃんは私が筆談ボードに文章を書いていくのを時々目を合わせたり、笑いながらして見ていた。
ちょっと気分が舞い上がって慌てすぎているかもしれない……少しやりすぎたと思い私は心の中で反省した。
「その……女の子は大変なんだね……。化粧をしたり肌のお手入れを考えたり、身の回りの物をオシャレなもので揃えたり……。そういうことはよく聞くけど。
僕は本当に普段から音楽の事ばっかり考えてるかな……。
ダメだね、余裕がない感じで、こんな僕じゃ一緒にいてもつまらないよね」
そんなことを言って自己嫌悪に陥る隆ちゃんを見て私はそうじゃない! と思い、急いでブンブン頭を左右に振った。
私の大好きなピアノのことを理解してくれる人は隆ちゃんくらいしかいないのだ、だからそれだけで隆ちゃんは今のままで十分で、それにカッコよくて素敵なのだ。
だから、変わらず今のまま自信を持って欲しいと私は思った。
「晶ちゃんはさ、意識してる相手とかいないの? 明日の本選で。
僕ら以外にも三人いるわけじゃない? どの人も凄い実力者だし、尊敬して見習う部分もあると思うんだけど」
隆ちゃんはこれが話したい本題だったのか、真剣な口調で聞いてきた。
私は少し考え込んで、あまりパッとはした回答は出てこなかったが返答した。
「私はお母さんや式見先生、それに隆ちゃんのピアノの方がずっと好きかな、真似をするとか参考にするならそっちの方がいい。愛着が強いだけかもしれないけど、でも、私の目標とする本質は上手くなりたいとか、立派な演奏がしたいというより、気持ちをよく演奏したい、楽しくピアノを弾きたいってことだから。自分の気持ちの方が大切かな……」
「そっか、僕も知ってる人が出てるから気になって聞いてみただけだけど、晶ちゃんは晶ちゃんらしいね。
でも、晶ちゃんの演奏は聴いていて心地良いものが出来ているから、晶ちゃんらしさがなくなったらそれはそれで寂しい、物足りないって思うだろうから、今のままでいいと思う。
求められた要求にばかり応えるのがピアニストでもないから。
自分が最高だと思って作り上げた演奏を聴いて、それを楽しんでもらう。
それは、とても大切なことだと思うんだ」
理論的というか、思想的というか、確かに音楽にはそういう部分があるけど、隆ちゃんは自分の中で納得できる答えを求めるタイプなのかもしれない。
私は隆ちゃんの話しを聞きながらそんなことを思った。




