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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第9章「私たちを繋いだ旋律」1

 思い出は、一つも色褪せてはいなかった。


 私たちは確かに今、4年間という空白の時間を乗り越えようとしている。


 そう、私は知った、4年間の時を経て成長した彼の音楽を。


 私は知った、彼はいついかなる時も私のことを忘れてなんていなかったと。


 その証明に、この場で彼はあの頃と見違えるほど立派にラフマニノフの『ピアノ協奏曲第二番』を演奏して見せた。確かな成長を、私のそばを離れ、ウィーンまで留学した意味を、完璧なまでの演奏で証明してくれた。


 そうだ、彼は私の知る天才で間違いなかったのだ。


 だから、私は祝福する、彼の4年間の日々を、努力を続け、成長を遂げた日々を。



「晶ちゃん」



 隆ちゃんが私の名前を呼ぶ、私はとっくに演奏が終わったのかと気付いて目を開けた。


 驚くほどに長い間、考えごとに耽っていたようだ、4年前の別れの日の記憶まで思い出していた。



「”4年前の別れの日のことを思い出してた。


 私、全部わかったよ。


 隆ちゃんは本物の天才なんだって。


 私なんて、遠く及ばないくらい凄いよ。


 才能だけじゃない、自分のやりたいことも、なりたい自分も分かって、そして努力して真っ直ぐに成長できる、目指す高みまで登っていける、立派な天才なんだって。


 隆ちゃんなら、ラフマニノフの意志を継げる天才ピアニストだってきっとなれるよ”」



 彼の演奏に酔いしれた私は、この内側から溢れる言葉を迷いない指さばきでタブレット端末に入力して、彼に伝えた。


 これが今の私に出来うる限りの、彼への賞賛の言葉だった。



「僕は晶ちゃんのことを思って頑張って来たんだ。


 ピアノを続ける勇気をくれたのは、頑張る勇気をくれたのは全部晶ちゃんだったから。


 僕の演奏聞いて、一番に喜んでくれたのは間違いなく晶ちゃんだったから。


 成長して、もっといい演奏を聴いてほしいって思った。


 だから、長い間、練習を続けられたんだ。


 ありがとう、晶ちゃん、僕の演奏を聴いてくれて、喜びを分けてくれて」


 

 何で彼はこんなにも私を満たしてくれる言葉をくれるのだろう……。

 胸が苦しくなる、クラシックなんて聞くのも怖かったのに……。

 なぜこんなに残酷なことをされているのに、嬉しくて、満たされてしまうんだろう。



「晶ちゃん、ここにおいで」



 彼は私が一緒にピアノ椅子に座れるようにスペースを開けてくれる。

 そこに座れば、彼と密着できて、幸せに違いないことが分かる。

 でも、彼の優しく誘ってくれた行動は私を酷く動揺させた。


「”隆ちゃんは私を置いていってはくれないの?


 こんな立派な演奏をできるようになって、一人でも十分生きていけるのに。

 

 私なんていなくても、充実したピアノコンクールに出来るのに。


 それでも、私と一緒に演奏したいの?


 凄いブランクだよ、ずっとピアノに触ってない、クラシックも聞いてない。


 全然、隆ちゃんにとっては物足りない演奏しか出来ないのに、私なんかと一緒でいいの?」



 私は彼の気持ちを確かめようと、一つ一つ言葉を並べた。

 彼は私が伝え終わるまで、ずっとスペースを開けたまま待っていた。

 私の不安そうな顔色を見ながら、その清々しい表情で、サラサラの金色に輝くショートヘアの姿で。

 

 ねぇ? どうして? そんなに光り輝くあなたが、どうしてそんなに優しい瞳で私を見つめるの? 一緒にいようと導いてくれるの? 恐れ多いよ……、ピアノを前にしてこんなに怖くて震える私のことを、どうして、ずっと待ってくれるの?



「晶ちゃんと一緒が良いんだ。


 だって、僕は晶ちゃんの奏でるメロディーに惹かれて。


 楽しそうに演奏する、その姿に惹かれて、ピアノを本気で好きになったんだから。


 だから、ずっとそばにいて欲しい、ずっとピアノを続けていてほしい。


 大好きな、晶ちゃんがずっと笑っていられるように、支え合っていきたいんだ。


 それが僕の、今の一番の願いだから」



 恥ずかしいくらいの告白だった。

 私は聞くに堪えない恥ずかしい言葉の数々に、耳まで赤くして、瞳を潤ませながら、その口を閉じてやろうと思いながら、勢いよく彼の懐に飛び込んだ。


 大胆な私の行動に彼は驚きながらもピアノ椅子にすっぽりと私も一緒に収まるのを見守った。


 求愛を求めるがごとく密着して触れ合うように一緒のピアノ椅子に座りながら、耐えきれない震える感情を抑え込むように、私はそれに留まらず彼に抱きついた。


 あっさりと私を受け入れてみせる彼の胸の中で、もう離さないように、力強くギュッと抱き締める、この身体の震えが止まるまでずっと。



「晶ちゃん……」



 不安と情欲の混じった震えが止まらない私を彼は驚きながらも抱き締める。

 背中に回された彼の腕で、私の長い黒髪が優しく彼の大切な手に触れているのを感じた。


「―———————っ!」

 

 彼が私の名前を呼んだあとで、私は声にならない声を上げた。

 必死に喉元まで力を入れて、声を出そうと、口を開いて強く振り絞った。

 そんな、精一杯気持ちを吐き出そうとする私の姿を見た彼は、次の瞬間、私の唇を自分の唇で塞いだ。


 ただ、自分の口で”好き”と伝えたい私の口を、彼の唇が懸命に力強く塞いだ。


 ―――もう、十分気持ちは伝わったからと、だからもう大丈夫だと、彼は熱い口付けで確かに私へ教えてくれた。


 4年ぶりのキスの味を噛みしめながら、私の強く脈打つ鼓動も、身体の震えも少しずつ収まっていった。


 どうしてだろう、今度は流れる涙が止まらない。


 最初は一滴に過ぎなかった涙がどんどんと両目から勢いよくこぼれ落ちていく。


 何で、私は”彼のことをこんなに好きになってしまったんだろう”、彼の身体に触れているだけでどんどん愛おしい気持ちが溢れてきて、身体が求めるように熱くなって、どうしようもなく涙が止まらない。


 キスをしながら息を吸おうとすると、彼の口がさらに深く私の口に繋がって、ディープキスへと変貌していく。


「うっ……はむぅ、ちゅっ……ちゅっ……んんんっっ!!!」


 優しいキスから激しいキスへ変わろうとしたところで私は吸われてしまった唇を放した。

 

 このまま続けてしまったら頭の中までとろけてしまいそうで、理性が抑えられなくなりそうで、たまらず私は深呼吸をした。


 私は強く抱き着いていた身体をゆっくり離して、何とか気持ちを落ち着かせた。


「晶ちゃん、大丈夫?」


 心配そうに彼は私のことを見つめる。

 私はこれ以上心配させないように強く頷いた。


(……電流が走るみたいに、気持ちよかった。どうしよう、私のこと変態だと思われてないかな)


 二人きりであることをいいことに、大胆な行動をしてしまったと後悔した。

 

 声を発せられない、上手に自分の気持ちを伝えられないことで、勝手に欲求不満な気持ちやフラストレーションが溜まってしまっていたのかもしれない。


 ぎこちないやり取りは、ついストレスが溜まってしまうのだろう。

 

 こんなんじゃダメだと私は自分に言い聞かせた。


 私は気を取り直してピアノに向き直った。

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