第7章「届けたい想い」2
晶ちゃんと再会を果たして以来、僕は時折迷惑にならない程度にお見舞いを続けながら、ピアノコンクールに向けて準備を始めた。
ウィーンにいた頃と変わらない練習量に近づく中、晶ちゃんは退院をして式見先生の家で暮らすことになった。
まだ、後遺症を残したままの退院だから、式見先生がそばに付いてくれるのは助かるが、僕も少しは力になりたいから、退院祝いに会いに行くことに決めた。
家へと向かう道中で僕はもう一度、出会った日に晶ちゃんが言った、懐かしい言葉を思い出した。
「でも、君は凄いよ!! 一生懸命に練習を続けられる、それだけで凄く偉いことだと思うよ!! 私にはそういう根気とか根性はないの。
だからいつも式見先生にも呆れられちゃうんだけど。
私って、自分が楽しいって思えることじゃないと、練習続けたりしないから、ピアノは好きだけど、実はとってもわがままなの」
残響のように今も残る、生々しいくらいに幼さの溢れる少女の告白。
自分にはない色鮮やかな感性を持った少女の演奏に、人懐っこく僕とでも話してくれる可憐な少女の姿に、僕は一瞬のうちに一目惚れさせられた。
初めて会った僕に優しい言葉を掛けてくれた彼女は震災に遭遇し、両親を失い、障がいを背負い、ピアノを弾くどころの気持ちではなくなっている。
あの頃、もっと上手くなりたいと思いながらも届かなくて、苛立ちを覚えるほどに憂鬱になっていた僕を明るくさせてくれた人。人の目も気にせずに友達になってくれた人。
感謝してもしきれない、懐かしい思い出の数々が頭の中で蘇ってくる。
今、大切な人のためにできること。
自信を喪失した彼女に勇気を与えて、もう一度ピアノへ向かわせる方法。
僕はそれを今日まで必死に考えた。
”出会い”と”別れ”に聞いた彼女の奏でるパッヘルベルのカノン。
その優しい旋律を彼女がもう一度取り戻せるように。
何としても彼女の心に響かせる演奏を、彼女に見せなければならない。
僕はもう一度聞きたいから、彼女の弾く美しいピアノの演奏を。
取り戻してあげたいから、ピアノを愛し、夢中になりながら微笑む彼女の優しい笑顔を。
電車を乗り継いで、降り立った仙台市内。すっかり暖かくなった町で、決意を新たに僕は真っ直ぐに式見先生の家へと向かった。




