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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第6章「残酷な現実」2

「自信がないって言ってたわね、ピアノを弾く」


 ここまでの会話の中で一番真剣な声色で式見先生は答えた。


「それは、どうして?」


「後遺症のことがあるから、満足に自分の演奏が出来ないのを恐れているのよ。


 そういう演奏を、あなたにも聞かせたくないと思うのは、あると思うの。

 彼女なりのプライドよね。ピアノの実力でも隆之介君に置いて行かれたくないって、成長した姿を見せたい、失望させたくはないって思うのは。


 それに、まだ亡くなった両親と対面して日が浅いから、震災を乗り越えられていないのもあるわ、隆之介君の勘づいている通り、心の傷としてね」


 まだ余震が続いている影響もあると、それに加えて式見先生は説明をしてくれた。

 震災の報道自体はニュースで確認しながらも、晶ちゃんのことについて満足な説明を受けずにここまで来たが、僕は入院を続けなければならない晶ちゃんが今も背負っている心の傷の大きさをようやく理解し始めていた。


 晶ちゃんが将来何を目指すかは分からないが、本気でピアノに打ち込んできたのであれば、自信を失くしてしまうのは当然のことなのかもしれない。


 もちろんそれは晶ちゃんに限った話ではない、震災の影響を受けて、これまでの日常が一変して壊された被災者全ての人に言えることだろう。

 こうして自分にも関わる現実的な問題を直視したのは、日本に来てこれが初めてだった。


「こういう事は他人事のように思っていましたが、近くで見ていると辛いですね……」


「そうね、私も阪神淡路の時はそれなりに話題になっていたから防災訓練の大事さや備えの大事さは理解していたつもりだけど、これだけの悲惨な現実を目の当たりにすると、自分に何ができるのか、迷ってしまうわ」


 簡単に元の生活に戻ることは出来ない。安心するわけではないが、大人でも迷うのだと思い、思考が追い付かない現状を少しはこれから知っていけばいいのだと直視することができた。



「そうですか……、その、治らないのですか? 僕も心配です。分かっていることがあるのなら教えて欲しいです。お手伝いできることがあるかは分かりませんが、それでも晶ちゃんが一人で苦しんでいるのを見るのは辛いです」



 それは自然に出た言葉だったが、本当に晶ちゃんのために何か出来ることがあるのなら、全部してあげたいと思った。


 晶ちゃんの今の心境を察すると後遺症のことを聞くのは本意ではなかったが、それでも聞かずにはいられない気持ちだった。


 式見先生は僕の言葉に少し考えて、重い口を開いた。



「先生、教えてあげてもよいのではないですか? 今の彼女のためにも」



 晶ちゃんのためにというのは何なのか分からなかったが、式見先生の言葉に隣にいた医師も眉をひそめながら口を開いた。


「そこまで言うのでしたら、やむを得ないですね。

 四方さんは震災によるトラウマのような形で強い精神的ショック受け、片耳が聞こえず、声が出せない容体です。余程怖い思いをしたのでしょう。

 何かのきっかけで症状が改善することはありますが、元の生活に戻るのは難しいこともありますから、今は無理をしないのが一番です。

 一度トラウマになってしまったものを刺激させてしまうと、パニック症状を起こす危険もあり、かえって症状が悪化する可能性もあります。そうなれば余計な負担を負うことになるでしょう」


 医師の言葉を聞きながら、自分に何ができるのかと考えていた。

 震災の後で似たような後遺症を持つ人が一定数いることも、医師はその後も教えてくれた。

 

 晶ちゃんはどんな気持ちで今、いるのだろう。

 そんなことを考えていると式見先生は口を開いた。


「隆之介君、しばらく晶子は私のところで預かろうと思ってるの。

 両親を亡くして、元の家も半壊していて住める状態ではないし、仮設住宅に一人住まわせるわけにもいかないから。幸い私の家は無事に住める状態にあるからちょうどいいと思ってるの」


「晶ちゃんはそれを、もう知ってるんですね?」


「ええ、もう話してあるわ。それが晶子にとって最良だと思うから」


 現実の厳しさを知り、自分の気持ちの浅はかさを痛感した。


 両親を亡くして、声を失くして、耳も不自由になって、晶ちゃんは今、壊れそうな現実の中をなんとか生きている。


 そんな中で、ピアノコンクールのことなんて、考えられないだろう。



「どうして……、どうして、晶ちゃんがこんな酷い目に遭わなきゃならないんだっっ!!!」



 どこにもぶつけようのない苛立ちが衝動的に発露した。考えるのも嫌になるほどを厳しい現実を突き付けられ、状況を直視すればするほど、辛い気持ちになってくる。


 晶ちゃんは、ピアノが好きで、いつも幸せそうに笑いかけてくれる、優しい女の子だったのに……、どうして、彼女の平凡で普通の幸せさえも、こうも簡単に奪ってしまうのか、僕はやり切れない気持ちでいっぱいになった。



「いいのよ、会いに来てくれただけでも、あなたは立派に晶子のためになっているわ」


「そんなこと……」


 式見先生の慰めの言葉も、今は受け入れられず、手を握り、苦しい気持ちに耐えるばかりだった。


 ”それでも、自分にはピアノしかない、晶ちゃんにしてあげられることは”



 退院しても後遺症は続いていく、そのことを覚悟しなければならないけど、何もしないわけにもいかないから、僕は晶ちゃんのために演奏する。

 

 どれだけ気持ちを込めてやり遂げても、自分の演奏が余計に彼女を苦しめてしまうかもしれないが、晶ちゃんが僕の演奏を聞いてくれるというのなら、自分は彼女の心を癒せるような演奏を、精一杯やりきるしかないと決意した。

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