第6章「残酷な現実」1
名残惜しくも僕は病室を出て、帰りのエレベーターへ向かうため、ナースステーションの方へ歩いていた。
するとそこには今日来れないと聞いていたはずの桂式見先生とおそらく晶ちゃんの担当医師であろう男性とか話しているのを見かけた。
「これは来てらしたんですね、お疲れ様です。お久しぶりですね、式見先生」
二人を前にした僕は丁寧にお辞儀をした。
「あら、隆之介君、もういいのかしら? せっかくの再会なのだから二人きりでと思って外で待っていたのだけど」
大人の余裕というべきか、赤い口紅をした式見先生は僕が小学生の頃と変わらない自然体で接してくれている。
まるで隣のお医者さんと世間話でもしていたかのようなノリであることに肩透かしを食らったような気分だったが、大人という生き物を流石に理解している僕は気を抜かずに接することにした。
「そういうことでしたか……、今日は来れないと聞いていたのに」
臆せず接することにした僕は、茶化されていることはとりあえず無視して返答した。
「4年ぶりの再会だもの。あの子の気持ちをずっと知っていた私が、最初に再会する場面に同席するわけにはいかないでしょう」
その言葉を聞きながら先生は何歳ぐらいだっけと考えて、確か30代後半の独身だったかなとあやふやな記憶が思い出された。大人ということもあり、先生の外見は4年前とほとんど変わっていなかった。
「そういう気遣いをされるとは思ってもいませんでした」
僕は察しがいいのも考えものだと思いながら答えた。
式見先生が同席であったらどうなったか、それは興味深かったが今は考えないことにした。散々茶化された挙句、はぐらかされるように聞きたいことも聞けない展開は容易に想像できたからだ。
「そこまで言わなくても……、これでも一応二人のことをずっと見て来た先生なのだけど。
でも、もっと深刻な表情をして出てくると思って心配していたけど、意外と落ち着いているのね。それは、身長と同じで、隆之介君は大人に近づいたからかしら」
それは僕のことを買い被りすぎな意見に感じた。
それほどに時の流れを先生も意識しているということなのだろうが、4年間という時間は長いようで短いような年月なので、僕は自分がどれだけ成長したのか、それを言語化するのは難しいように思えた。
「ええと……、式見先生があまりに自然体で、相変わらずな話し方だったので、緊張が抜けただけですよ。
病室を出て、先生の姿を見て安心したのもあると思います。
先生は……、あまり変わっていませんでしたので」
「それはそうよ、私の年齢になると、4年間なんてあっという間で、変化なんてほとんどないんだから。短い期間で経験と共に成長して変わることができるのは、若者の特権よ。
あなた達はこの4年間という時間の中で、心も身体も成長した、色んなものの影響を受けながらね。
でも、その中でも二人がお互いを想い続けてきたことは、羨ましいともいえるし、尊敬もしているの。
だから、私は私なりにこうして晶子のことを支えながら応援しようって思ったのよ」
言葉の一つ一つから先生の強い決意が伺えた。
震災発生から今日までの激動の日々にも、この4年間の空白の間にしてもいろんなことがあったのだろう。
そうして長い時を経た式見先生の姿からは、我が子を思うような気持ちさえ感じるほどだった。
「それより、四年ぶりでしょ? 喜んでくれた?」
「話しかけて早々泣かれてしまいましたけど。
でも、会えてよかったって思ってます、まだまだこれからかなって思いますけど。
それより、一つ聞きたいのですが、晶子さんをピアノコンクールに誘ったのですが、断れてしまって……、晶子さんはピアノを弾いてはくれないのでしょうか」
僕は式見先生に質問のつもりで聞いたが、最後は不安の方が強くてうまく言葉にならなかった。
これでは質問というより悩み相談だなと、自分のことを不甲斐なく思った。




