第4章「錆び付いた対面」4
嗅覚を刺激する死臭のする薄暗い部屋を後にし、自分の病室に戻った後で、式見先生は私の方を向いて、今日は最初からそれを提案することを心に決めていたのか、重要な提案を私に告げた。
「ねぇ、晶子。一つ提案があるの。
色々考えたのだけど、退院出来たら、私の家で一緒に暮らさないかしら?」
きっと、それは何度も悩みながら出した先生の最適解だったのだろう。
先生が一人暮らしなのは元々知っていたから、私にとって余計な心配事もなく都合がいい話しではある。
今の私から見ても、すでに式見先生は親代わりのように親切に私の面倒をみてくれていた。
確かに今の私が仮設住宅に一人で暮らす選択肢の方が現実的ではなかった。
存在すら認知していない知らない親戚の家に行くよりはずっとマシだと思えた。
そう考えると、結論は最初から出ているようなものかもしれないけど、今の私は震災の日のことを思い出したことで、そのことで悲惨な光景が目に焼き付いて離れず、結論を出せないほどに頭がいっぱいになっていた。
「少しだけ、答えは待ってくれますか?」
私がなんとか筆談ボードに書き込んでそう伝えると、先生は「もちろん」と即答して優しく不安そうな表情を拭えない私の頭を撫でながら頷いて見せた。
それから私は、安心したからか思い出したことを一つずつ、おぼろげな記憶ではあったけど先生に伝えた。それがやっぱり正しいことだと思ったからだ。
先生がそもそも私が助かった時の状況をどれだけ知っているかは分からない。そればっかりは、聞いてみないと分からないだろう。
意識を取り戻し、気が付いたときには私は白いベッドの上だった。
身体の痛みでベッドの上にいる今が現実であることは疑いようがなかったが、震災の日の記憶は途中までしか覚えていなくて、声が出せなくなっていることにも目を覚ましたその時に気付いたくらいだった。本当に後遺症を負いながら、なぜこんなことになったのか、何も分からなかった。
私はこの日、両親の死を知り、自分が両親を捜し歩いたことを知り、思い出したことを式見先生に話し、そうして少しずつ現実を受け入れ始めたのだった。




