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”小説”震災のピアニスト  作者: shiori


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第2章「別れの春」4

 卒業式はその後も続いていき、感動的な場面もありながら、卒業生退場の瞬間まで過ぎ去り、晶子が退場の際のピアノ演奏を務め上げ、すべてのプログラムが終了を迎えた。


 涙を流す卒業生や在校生、桜吹雪の中を歩く晴れやかな光景が辺りに広がる中で、一際目を惹く金色の髪をした隆之介は体育館の方を外から見つめ続け、耳を澄ましながら晶子の奏でる小学生最後の演奏に聞き入っていた。


 晶子が演奏する曲目、それは二人にとって”出会い”の曲であった、パッヘルベルのカノンだった。

 卒業式に相性が良いということでこの曲になったが、二人にとってはそれ以上に感慨深い選曲だった。


 ”出会い”、そして”別れ”の曲にもなったパッヘルベルのカノンを聞く隆之介は幸せでもあり切なくもあった。一言では言い表せない複雑な感傷を、まだ小さな胸の中に沁み込ませていた。


 一方、晶子も長い学校生活の門出を祝う演奏をしながら、隆之介との別れが間近に迫っていることに、苦しさとほろ苦さを覚えながら、それでも精一杯心を込めた演奏を、ここにいる全ての人に届けようと、精一杯だった。


 何度も演奏して、自身の表現するアレンジにも慣れてきても、こんな気持ちで演奏するカノンは二度とない。


 晶子は最後の生徒が体育館に出ても、懸命に雫となって溢れそうになる涙を堪えて、演奏をやり遂げた。


 集中のあまり演奏を終えるとどっと疲労感が溢れてきて意識が遠のくが、晶子はピアノへの感謝の気持ちを込めてその手で優しく音の出ない程度に鍵盤を撫でながら気持ちを落ち着かせた。


(お疲れ様、最後までありがとう)


 今日まで自分のことを成長させてくれたグランドピアノに感謝を伝え、晶子は体育館を出て一番に隆之介の下へと向かった。


「晶ちゃん、お疲れ様」


 外の空気を吸って、身体の熱を冷ましながら隆之介を探していると、愛しい人の呼ぶ声が聞こえ、晶子は隆之介の姿に気付いて振り向くと、自然と笑顔がこぼれた。


「うん、隆ちゃんもお疲れ様。本当に終わっちゃったね、私たち、卒業するんだね」


 ハニカム笑顔を浮かべながら、卒業生に紛れていると、一層、今日で卒業する実感が二人にも沸いてきた。


「そうだね、本当にあっという間だった」

「うん、でも最後に一緒に演奏できて、みんなに喜んでもらえてよかったね」

「本当だよ、先生方には感謝しないと」


 やり遂げた気持ちに満たされながらも、二人はこれが最後であることを深く噛みしめていた。


「改めて、卒業おめでとう、晶ちゃん。長いようで、あっという間だったね」


 しみじみと呟く隆之介、晶子も共感するように頷いた。


「うん、本当だよね。卒業おめでとう。隆ちゃん」


 二人が出会ってからはわずか二年ではあったが、思い出は数えきれないくらい胸いっぱいだった。


「やっぱり、僕は晶ちゃんのカノンが一番好きだな。ずっと聞いてても飽きない、何より晶ちゃんがそばにいるって、強く感じられるんだ」


 隆之介の言葉に演奏直後の晶子は嬉しい気持ちで溢れた。自分の演奏をこれだけ大切に想ってくれる、最高の誉め言葉だった。


「私も隆ちゃんと出会って、もっとピアノが好きになった。

 いつも満たされた気持ちになって、二人でいると疲れなんて吹き飛んじゃうんだよ」


「うん、僕も、上手に演奏できなくて悔しい気持ちの時も、晶ちゃんの声を聞くと元気が湧いてくる。まだまだ頑張れるって思える、だから、ありがとう」


 お互いを支え合う相関関係にあった二人は、いくら感謝しても感謝しきれない、そんな気持ちで溢れて仕方なかった。


「晶ちゃんもピアノ続けるんだよ、一緒にまたピアノコンクールに出て、入賞するんだから」


 地元では人気者で、ジュニアコンクールでは二人して入賞もした。

 そして、また、再会するときはピアノコンクールに出場することを二人で約束した。


「うん、私も頑張るよ。隆ちゃんの方が頑張り屋さんだから、上手になれると思うけど」


 音楽留学する形でウィーンに旅立ってしまう隆之介、その事を思うと晶子は胸が苦しくなってしまうのだった。


「明日には引っ越しちゃうんだよね……」

「うん、お父さんは先にウィーンに行っちゃったから。お母さんと一緒に追いかけないと」


 途端に寂しい顔を浮かべる晶子、いたたまれなくなった隆之介はその涙を溢しそうになる晶子の頭を優しく撫でた。

 長く綺麗なサラサラとした髪が風に揺れた。

 桜吹雪に身を寄せながら時の流れの感傷に二人浸る。

 出会いもあれば、別れもある、そんな当たり前のことを改めて強く感じた。


「晶ちゃんがいてくれたから、ここまで頑張れた。海外に行ってもっと勉強して、頑張りたいって思えた。全部晶ちゃんのおかげなんだ」


「うん、ありがとう。私はね、そういう真っすぐな隆ちゃんのことが好きだよ。

 だから、ずっと……、ずっと、忘れないで」


 思い出は思い出のまま永遠に変わることなく、互いの記憶の中に残り続ける。


 眩しかった日、そんな日のこと。

 

 願うのはお互いが成長し合い、再会する未来。 



「晶ちゃんのお母さんに挨拶に行かないとね、もう、帰っていいみたいだし行こっか」


 この場に長く留まる方が辛くなると感じた隆之介は晶子に告げた。


 二人をこっそり見守っていた親達とは家で話すことになっていた。


「うん、ごめんね、しんみりしちゃって」

「いいよ、僕も一緒だから」


 そっと隆之介は晶子の手を握り、そのぬくもりを感じ取った晶子も優しく手を握り返した。


 二人は周りの雑踏を避けるように体育館の外から離れ、挨拶もほどほどに済ませて校門を出て、そのまま振り返ることなく歩き出した。


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