8 指導係(1)
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エレーナが後輩の指導係を務めるのは今回が3度目だ。
指導係といっても何か具体的なことを指導するわけではない。新入生が学校生活を円滑に送れるよう、上級生が手助けしてあげるだけ。
過去2回も、入学時に学校を案内したり、勉強や学校生活の相談に時々乗るくらいだった。
個別に話す機会が多くなるので、関係が良好だと学年が上がっても続いていくことも多い。
「エレーナお姉様」
ちょうど寮を出たところで、指導係で担当した下級生のナキアとジャネットが声をかけてきた。
ナキアは1度目、ジャネットは2度目の指導係で担当した後輩達だ。
「ナキア、ジャネットおはよう」
「おはようございます。エレーナお姉様の髪型、とても素敵ですわね。今日も更にお美しいですわね。男子生徒達の目に触れさせるのがなんだか勿体無いわ」
「うふふ、相変わらず面白いわね、ナキアは」
思わず笑みをこぼすと、エリーナよりも背の低いナキアが頬を赤らめて上目遣いでじっとエレーナを見つめてくる。
「どうしたの?」
「エレーナお姉様が美しい上に可愛いすぎて目のやり場に朝から困ります。でも眼福なのでじっと見つめていたいんです。ああ、このジレンマ!」
「まぁ。大袈裟だわ。でもありがとう」
「何を言っているんですか。どれだけ私とジャネットが裏でしょうもない羽虫を退治しているか……。エレーナお姉さまはご自身の美しさに自覚がなさすぎます。こんなに美しい方が私の指導係になってくださったなんて、一生分の運を使っているのかもしれませんわ」
──羽虫退治? 突然出てきた言葉に違和感があるけれど聞き間違いかしら
「ふふふ。私もこんな可愛い後輩達の指導係になれて幸せよ」
「エレーナお姉様!!」
目を潤ませてエレーナを見つめるナキアを、かわいいなぁとほっこりした気持ちで眺める。
伯爵令嬢であるナキアは、令嬢らしからぬ物言いをするので最初は驚いた。でも、真っ直ぐで裏表のないナキアの性格は気を遣いすぎてしまうエレーナにとって裏を考えなくて良いので心地が良い。
二人ともエレーナが驚くほど熱烈に慕ってくれていて、たまに解らない言動もあったりはするのだけれど、エレーナもそんな後輩達が可愛くて仕方がない。
「エレーナお姉様、何か心配ごとでもございますの?」
ナキアの横でじっとエレーナを見つめていたジャネットが尋ねてきた。
穏やかで柔らかい雰囲気のジャネットだが、他国間の貿易を幅広く行っている男爵家の令嬢なだけあって観察眼が鋭い。
「お顔の色があまり優れませんわ」
「大丈夫よ。昨夜はあまり寝つきがよくなかったの」
「まぁ、それは大変です。今度、我が家が東方から仕入れた、よく眠れるようになるというハーブティを贈らせていただきますわ」
「嬉しいわ。ありがとう」
ナキアとジャネットと話しながら歩いていると、あっという間に校門へたどり着いた。
2人のおかげで、起きてからずっと重苦しかった気持ちが少し気が楽になったような気がする。
「ここで人を待たなくてはいけないの。2人は先に教室に行きなさいね」
「エレーナお姉様がまた指導係になられると聞きました。私達の妹分にもなるんですもの。しっかり先輩として挨拶しませんと!」
鼻息荒く宣言するナキアをなんとか宥めてジャネットに託す。
学校の建物へ入っていく2人を見送っていると、スラッテリー公爵家の家紋が入った馬車が校門の前で止まった。
家紋を見た瞬間、今から見るだろう光景の想像がついて、胸が張り裂けそうになる。
──ロキがセシル王女を王宮まで迎えに行ったのね
予想通り、馬車から最初に降りてきたのはロキ。そして、降りたロキがエスコートのため伸ばした手に、セシル王女の手が重ねられた。
互いの手が重なりあっているのを見て、エレーナは一瞬目の前が暗くなる。
──エレーナ、凛とするのよ。背筋をぴんと伸ばして、頬をあげて微笑むの
メイサが心を込めて結ってくれた今日の髪型を思い出し、心の中で自分を叱咤激励する。
「セシル王女様、おはようございます。本日より指導係を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
カーテシーをして馬車から降り立ったセシル王女へ挨拶をする。
「エレーナ様、顔をあげてください。今日からよろしくお願いしますね」
鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてくる。
顔をあげると、この学園の制服に身を包んだセシル王女とロキが並んで立っている。
久しぶりに見たロキの制服姿は、シンプルな装いに端正な顔立ちが映えて驚くほど美しかった。
校門で何事かと足を止めて見ていた生徒達からも、美男美女の二人を見てだろう、ほぉっとため息のような声が漏れ聞こえてくる。
「それではセシル王女様の教室へ案内いたします」
気づかれないよう一息吐くと、頬に力を入れて微笑みを作って歩き出した。
「建物の右手側に昼食やお茶をいただける食堂があります。セシル王女様は本日の昼食はどうなさいますか? 学園の食堂で召し上がるのであれば昼食の時間に案内させていただきます」
「エレーナ様、セシルとお呼びになって。そうねぇ、ロキ様はわたくしと一緒に昼食を取れるのかしら?」
セシルが横を歩いているロキを見上げて尋ねている。
──なぜロキまでついてくるのかしら。私がセシル様に何かしないように見張っているのかもしれないわね。
「特に予定はないな」
「それなら3人でお昼を頂きましょう。エレーナ様も良いかしら?」
「もちろんです。それでは、お昼の時間にセシル様の教室までお迎えに参りますね」
昼もロキとセシルの仲睦まじい姿を目の前で見なくてはいけないかと思うと、ますます気が重くなる。
セシルを教室まで案内し、担任の先生に引き渡して朝の指導係の任務は完了だ。
セシルの護衛騎士は教室の隅で待機するというので、護衛騎士へも挨拶をしてから自分の教室へと向かう。
──なんでロキは教室へ戻るだけなのに、私にずっと付いてくるのかしら
確かにロキと私は同じ教室だけれど……沈黙が気まずい。
互いに一言も発しないまま教室へたどり着いた時には、緊張からか身体中が強張っていたようで、安心して少し力が抜けてしまった。
「エレーナ!」
教室に入ると、シュリが駆け寄ってくる。
「シュリ!」
シュリの笑顔を見て、強張っていた心もほぐれていく。
「指導係、お疲れ様。どうだった?」
「校門で出迎えて教室まで送ってきただけよ。昨夜の王宮でのセシル王女の歓迎会はどうだったの?」
「移動で疲れていらっしゃったのか、食事のあとはすぐ部屋に戻られてしまったからゆっくりセシル王女とは話していないのよ」
「そうなのね。今日の昼食は食堂を案内するついでに一緒にお昼を頂くことになったわ。……ロキも一緒に」
「ロキも? 人付き合い苦手なくせに、やたら懐かれているわね」
シュリが訝しげに言う。
「懐かれている、というより、ロキにとって特別なんだと思うわ」
なんでもないことのようにシュリに言う。
シュリは何か言いたそうに見つめていたが、エレーナはにっこりと微笑んだ。
教室の前の方では、ロキが男子生徒達に囲まれている。
久しぶりに会った同級生達とロキが嬉しそうに笑って話している。
年相応の少年らしさが残る笑顔が見えて、思わず胸がときめいてしまった。
「見て。他のクラスからもロキを見にきているわよ」
シュリの言葉で視線をずらすと、ロキを囲む男子生徒達をさらに囲むように、女子生徒達がロキを見つめている。頬を赤くして熱心に見つめる女性生徒達の視線の先にロキの笑顔があるのは明白だった。
「どの子達もエレーナの敵ではないからね。不安になったり心配してはだめよ」
シュリの言葉に耳を疑う。
「え? シュリ、何を言っているの?」
「エレーナが一番ってことよ」
シュリの言葉の意味がわからなくて、咄嗟に言葉が出てこない。
「エレーナ、おはよう。シュリ、次のクラスは移動教室だよ。早く戻らないと遅刻しちゃうよ」
「あら、やだ。そうだったわね。フィル、迎えにきてくれてありがとう。じゃあ、エレーナ、お昼は頑張るのよ。また放課後ね!」
慌ただしくシュリが教室へと戻っていく。
「エレーナ、今日の髪型はとても素敵だね。さすがメイサだ。じっくり見たいけれど時間がないや。放課後シュリと待っているからその時にゆっくり見せてね!」
「あ、ありがとう……」
フィルも慌ただしくシュリを追って教室を出ていった。
そうだった。
メイサが今日は私に魔法をかけてくれていたんだ。
凛と胸を張って過ごせる魔法を。
崩れないように、結い上げてくれた髪の毛にふわりと触れると「お嬢様、綺麗ですよ」とメイサの声が聞こえた気がしてそっと微笑んだ。
そんな姿を、男子生徒達の輪の中にいたロキがじっと見つめていたことに、エレーナは気づかなかった。