5 再会(4)
「エレーナ、どこに行くつもりなの?」
声に驚いて振り向いた先には、ロキが二人を睨みつけるようにして立っていた。
……なんでロキがここに!?
射るようなロキの鋭い視線に気付いていないかのように、モーリスはロキへ爽やかに微笑みかけた。
「やあ、君が噂の天才君だね。クロカン国からこちらに留学に来ているモーリス・ベルだ。エレーナ嬢と同じ魔術科の3年生だよ。君もクラスに編入してくると聞いたよ。帰国前に会えて嬉しいや。これから、クラスメートとしてよろしく」
「……ロキ・スラッテリーだ」
「優秀なエレーナ嬢にクロカン国へ留学にこないかと誘っていたんだ。留学の魅力について、君からもエレーナ嬢へ伝えてあげてよ」
「………」
「そういえば、君はサカール国で大学を卒業したと聞いたよ。それなのに、また学園に戻ってきたのはどうしてなのかな? ふふ、同じ留学生として興味があるなぁ」
モーリスの言葉にロキが纏う空気が一瞬で張り詰めるのがわかる。
「え? 大学?」
飛び出てきた言葉に思わず反応してしまったエレーナへにこやかな笑顔を向けると、モーリスは「じゃあ、僕はここで失礼するね。エレーナ嬢、また明日ね」と去って行った。
爆弾発言を残して帰って行かないで……思わず去っていくモーリスの背を恨めしげにみてしまう。
はぁ、空気が重い……残されたエレーナは居心地悪く感じながら、ロキをそっと見る。
「あいつは何?」
鋭い雰囲気はそのままのロキに、エレーナの体が一瞬強張る。
「何って……クラスメートよ。クロカン国からの留学生なの」
「ふ〜ん、仲がいいみたいだね」
「そうね、図書館でよく会うからお話しするようになったのよ。彼も魔術に詳しいの」
「……」
訪れた沈黙が辛い。
「ロキは向こうで大学を卒業してきたの?」
「……ああ、飛び級でな」
ロキが留学していたのは3年だ。
5年かけて学ぶものをたったの3年でクリアしたということだろう。
3年の間にロキはエレーナが考えていたより遥か先を歩いていた。
「飛び級?! それはすごいわね……研究は完成したの?」
「ああ、新しい魔術が完成したよ」
「まぁおめでとう!! すごいわね。どういう魔術なの? 研究論文は読ませてもらえる?」
ロキが研究した魔術に興味があるエレーナは思わず食いついてしまう。
きっとすごい内容なのだろう。
「……あーごめん。まだ内容は言えないんだ」
「あら……そうなのね……そうよね……」
新しい魔術が有益であればあるほど、一部の上層しか情報は公開されない。
公表できない研究ということは、よほどすごい研究をしたんだろう。
そんなすごい成果を残したのに、なぜまた学校へ戻ってきたのだろう。
モーリスの問いをエレーナも口にしたかったけれど、分かっている答えをロキから直接聞くのが怖くてできない。
───セシル王女のため
聞いても自分の胸の傷を深くするだけ。
小さく息を吐き出して、気持ちを整える。
「……それでは、私も失礼するわね」
手に持っている本に目を落として、この本をどうしようかと一瞬迷ったけれど、ここにきて借りないわけにもいかない。それに、本を読んでいる方がきっと気も紛れるだろう。
借りる手続きのため司書がいる方へ向かおうとすると、いつの間にかロキが目の前に立っていた。
「……ロキ?」
ロキが進路を塞ぐように立っている。
……ロキが近いわ。
背はエレーナよりも頭ひとつ以上高い。留学前は目線は同じ高さだったのに、もう見上げないとロキの瞳を見られない。サカール国でも鍛錬は続けていたのかしら。肩幅も広くなって一回りも二回りも大きく感じる。端正な顔立ちは美少年から青年のそれに変わっていた。
美しい蒼い瞳がエレーナの持っている本を捉える。
「……クロカン語ができるのか?」
あ……興味があったのは、本ね。
一瞬肩透かしを食らったように感じたけれど、意識を本に戻す。
「ええ、魔術の本を読むために覚えたの」
治癒魔術の専門書はクロカン語が多いのだ。
「サカール語も勉強したんだな」
ロキが留学した先の国の言葉だから一生懸命勉強したの……なんて言えない。
頑張った結果がセシル王女の指導係に繋がったことを思い出すと、また鳩尾のあたりがずんと重くなった。
「治癒魔術を学ぶために語学を学ぶことは苦じゃなかったみたい」
「……やっぱりまだ治癒魔術が好きなんだな」
視線を本に落としたまま、感情が見えない声でロキが話を続ける。
「ええ、そうね。治癒魔術を勉強するのは好きだわ。それに……誰かの役に立てたら嬉しいもの」
「卒業したら……」
ロキが言い淀む。
「……卒業したら……なあに?」
「いや、なんでもない」
ロキは相変わらず私を見ずに本に視線を落としたままだ。
この本が気になるのかしら。
「そう……私はこの本を借りる手続きをとってくるわ。それでは、また……ね」
うん、ちゃんとロキの顔をみて微笑むことができた。
ロキの瞳に私が映っていないことはわかったけれど。
エレーナはお腹に力を入れて歩き出す。
私が通れるように道を開けてくれたロキの横をすり抜けた時、懐かしいシダーウッドの香りが鼻をくすぐる。
ロキが纏う香りだと気づいた瞬間、一気に懐かしい思い出の数々が脳内に溢れてきた。
今はもう見せてくれることのないロキの笑顔が堪らなく恋しかった。