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3 ロキside(1)

3年間、一日たりとも忘れたことがない人が目の前に現れた。

光沢のあるまっすぐな亜麻色の長い髪、切れ長で大きな翠色の瞳が陶器のような艶やかな肌に映えている。

思い出の中の可愛らしい少女から美しい女性に成長していたことに衝撃を受けて、俺はただただ呆然としていた。


「───それではエレーナ嬢、あなたにはサカール国セシル王女の指導係をお願いしたい」

グルート学園長の言葉にエレーナも驚いていたが、俺も驚いた。

よりによって、なんでセシル王女の指導係なんだ。


「わたくしの指導係はロキ様では駄目なのかしら」

横に座っているセシル王女に話しかけられた時、気もそぞろだったからか反応が遅れてしまう。

セシル王女が不安そうに俺を見ていた。

セシル王女は隣国の第4王女だが、ほとんど王族の教育を受けていないそうだ。

元々降嫁予定で王族を離れる地位だったと。

それもあって、内情を知っている俺以外に王族らしからぬところがばれてしまうのを恐れている。


「セシル様、指導係は同性と決まっているんだ。それに、俺も同じ学内にいるから」

とりあえず安心させると、セシル王女はエレーナへ挨拶を返していた。


3年間留学していたサカール国から帰国する時に一悶着あった。

俺が研究して作った魔術が画期的すぎて、サカール国が俺を手放したがらなかったからだ。

でも、俺は何がなんでも国に帰る必要があった。

結果セシル王女がついてくる形でサカール国と話し合いがついたのだった。


……人の世話とかめんどくさい。ましてや王女なんて。でもしょうがないのか……

俺は心の中で大きくため息をついた。



俺は昔からひねくれた子供だった。

美しい母に似た容貌を持ち、学問も武術も魔法もコツさえ掴めば人並み以上にすぐ出来るようになる器用さがあったからか、周囲の大人達からはよく思われやすい。

ただ魔力量が多すぎて制御できるようになるまでは、感情の高ぶりで魔力を暴発させることが多かった。魔力の暴発の現場を見た従兄弟達や他の子供達からは怖がられ避けられていたから、子供の世界ではいつも一人だった。

4つ上の兄がいれば、それでいいと思っていた。

……それなのにエレーナは……


初めて会った日を覚えている。

8歳の頃、宰相の侯爵に連れられてエレーナが公爵家にやってきた。

エレーナも魔力量が多いから魔力コントロールの訓練を俺と一緒にさせたいという。

初めて会った時、興味深そうに俺を見つめる切れ長の大きな翠色の瞳に一瞬で魅せられた。

そして、悲しくなった。

きっと俺の魔力の暴発を見たら、この子も逃げていくんだろうなって。


案の定、そんな不安定な精神状態だったから、「仲良くね」って二人きりにさせられた時に緊張のあまり俺の魔力が暴発した。

応接室のテーブルの上に置いてあったカップが割れてしまい、熱いお茶がエレーナの足にかかったのが見えた。

慌てた俺が、冷やそうと水魔法で水を出したら部屋中に大雨を降らせてしまう。


───あ…失敗した。


全部が裏目に出たと悟った。

今日会ったばかりの子なのに、嫌われてしまうことが怖かった。


恐る恐るエレーナを見ると……翠色の瞳がキラキラと輝き、ワクワクした顔で俺を見ている。

「これはあなたがやったの?」

言葉なく頷いた俺に興奮したように言葉を重ねてきた。

「すごい!こんな魔術が使えるのね。他にも魔術が使えるの?」

呆然としている俺はエレーナの気迫に押されて頷くだけで精一杯になっていた。

「ねぇ、見て! 虹が出てるわ。あなたの魔術って素敵ね! 私、こんなに近くで虹を見たのは初めてよ。とっても綺麗ね」

頭からびしょ濡れになって、ドレスも張り付いて気持ちが悪いだろうに、全く気にすることなくエレーナは嬉しそうに笑って虹を見ている。

「………お前、俺が怖くないの?」

「えっと…何か怖いことがあるの?」

きょとんと首を傾げるエレーナを見て毒気がぬかれた。

「だって……さっき足にお茶がかかって火傷したんじゃ……」

「そうだったわね。でも、痛みはないから大丈夫よ。心配してくれてありがとう。もしかしたらこの水は手当てのため?」

頷いたロキにエレーナは花が綻んだような笑顔を向けた。

「優しいのね。私のためにありがとう! ………ねぇ、あなたは他にどんな魔術が使えるの? 私は魔力量が人より多いみたいなんだけど、まだ魔術の勉強を始めたばかりなの。よかったら教えてくれないかしら?」

エレーナの興味津々の笑顔にロキは固まってしまう。


音を聞きつけ入ってきた大人達にはその後散々怒られたけれど、エレーナの火傷は大事なかったと聞いてロキはほっと安心していた。


初めて魔力の暴発を怖がられなかった上に、ロキの魔術をすごいと笑顔で喜んでくれたエレーナは、その日からロキの特別になった。


エレーナが喜んで笑顔を見せてくれるから、新しい魔術を覚えて披露した。

エレーナが楽しそうにしてくれるから、一緒に読む魔術書を探した。



エレーナへの気持ちに名前がついたのは、14歳の時だった。





エレーナにどう接していいかわからない。

あんなに綺麗になるなんて。

綺麗すぎて、意識しすぎて、エレーナをまともに見られない。

それでも、油断するとエレーナの大きなアーモンドアイの翠色の瞳に吸い込まれそうになる。

緩んだ顔を見られたくないから表情筋を殺しているなんて、くだらない理由が3年前から変わらないのも情けない。


セレナ王女を王宮へ返した後、学園長室を出たエレーナの後を追うように、教室へ向かった。

教室でフィル達といたエレーナにまた会えたのに、言葉が出てこない。

結局、俺を避けるようにエレーナは図書館へ行ってしまった。


「おい、ロキ。お前、相変わらずエレーナに対しての態度酷いな」

「………わかってる」

「天才で冷静沈着とか他で言われているけど、中身は好きな子に愛想の一つも振りまけない情けない男って………そろそろ笑えないぞ」

「………」

「痛い目にあってからでは遅いからな」

事実すぎて何も言い返せない。

自分でもどうしたらいいのかわからない。


「お前、3年間エレーナと何をしてたんだ? 手紙をやりとりしてたんだろう? 帰国のこと知らせなかったのか?」

「手紙をもらっても自分からは何を書いていいかわからなくて………無難なカードしか送ってない。研究も忙しくて………」

フィルは呆れたようにため息をつく。


「帰国したってことは、お前の研究は完成したってことでいいのか?」

「ああ、完成した。今度サカール国と共同で実証実験をやってくる」

「お前な………好きな女を振り向かせる努力の方向が間違ってることに気づけよ」

「………これしか方法がわからないんだ」

自分のとは思えないほどの情けない声が出る。


「まぁいいや。後で泣きを見るなよ。ちなみに、羽虫退治はシュリとエレーナが指導係をした後輩二人が頑張っていたぞ。お前まで退治されんなよ。あの三人はかなり厳しいからな。エレーナにとって不要と見なされたら退治されるぞ」

「………ああ」

「ただ、今、一人退治されてない奴がいるぞ」

「は?」

思わずフィルを睨む。

「図書館に行ったらわかる。ま、頑張れよ」


慌てて教室を飛び出していった不器用な天才の幼馴染を見送ったフィルは「これがきっかけになるかな」と面白そうにほくそ笑んだ。


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