20 帰還(2)
競技場に鳴り響くファンファーレと共に、魔道士団長を先頭に魔道士達が馬に乗ったまま入場してきた。
エレーナは祈るように手を胸の前で組みながら、競技場に入ってくる魔道士団を見つめ、ロキの姿を探す。
──あ、ロキ
少し痩せたのだろうか、以前より精悍な顔つきになったロキの姿を見つけた。
ざっと全身をチェックする。
大きな怪我はしていなさそうね……よかった。
安堵のあまり張り詰めていた緊張が溶け、頬がふにゃりと緩んだ時、ロキの蒼い瞳がエレーナを捉えた。
ロキの真っ直ぐな視線を受け止めたエレーナは、思わず息を呑んで瞳を瞬かせる。
いつもの感情が感じられない冷たい視線ではなく、エレーナの心を絡めとられるような熱量を持った真っ直ぐな視線………
ふっと端正な顔を緩ませると、ロキが自分の胸を軽く叩いて小さく頷いた。
そして、視線をまた前方へと戻す。
エレーナとロキだけの秘密のサイン。
幼い頃、魔力コントロールの訓練をしている時、どちらかの魔力が暴発したり魔力酔いをしたりするたびにお互いの安否が気になってしまい、集中しなさいと教師からよくお小言をもらっていた。
だから2人だけのサインを決めたのだ。教師の目を盗んでこっそりと交わす、秘密のサイン。
胸を軽く叩いて小さく頷くのは“大丈夫、無事だよ”のサイン。
まだ覚えていたんだ。
胸の奥が温かくなる。
うん、私にはちゃんと幼馴染枠が残っていた。
大丈夫、ロキの中に私の居場所さえあれば笑っていられる。
魔道士団長が国王に挨拶をし、国王から労いの言葉をかけられて式は終了した。
競技場を出た魔道士団は自分達の勤務室がある建物の方へ戻っていった。
競技場を去っていくロキの姿を見届けたエレーナとフィルは、他愛もない話をしながらシュリを待つ。
「エレーナ、フィル」
シュリが婚約者のデインのエスコートでこちらへやってくるのが見えた。
「エレーナ、フィル、久しぶりだね」
「デイン様、ご無沙汰しております」
「エレーナはますます綺麗になったね。そりゃ、シュリが頑張るわけだ」
「え? シュリが何を?」
シュリを見るとふふふと笑っている。
「ロキが無事帰還してよかったですね」
「はは、なぁフィル、ロキの顔見た? 面白いことになってるね。しばらく楽しめそうだ」
「しっかり見ましたよ。でも、全く伝わってないですからね」
「え? そうなの? ふーん、情けないなあ」
なんの話だろうと訝しみながら聞いていると、後ろから「エレーナ様!」と声がかけられる。
振り向くと、にこにこと微笑みながらセシル王女と護衛騎士がやってくるのが見えた。
「セシル様、ごきげんよう」
シュリ達へ挨拶を終えたセシルは、上目遣いになって迷いながら「実は、エレーナ様にお願いがあるのです……」とエレーナへ話しかけた。
続きを促すと、提出するレポートについて相談したいとのこと。
「指導係としてお手伝いしますよ。よろしければ明日、授業が終わったあと談話室でお話ししませんか?」
「是非お願いしたいです! エレーナ様ありがとうございます!!」
パッと顔を輝かせて嬉しそうに微笑むセシル王女を、ただただ可愛らしいと思える自分の感情にエレーナは安心した。
翌日もロキは学校へこなかった。
魔道士団の仕事だろうか。
学校へ出てくるかもしれないと思っていたから、少しがっかりしてしまった。
……私は会いたいのかな。辛くなるだけなのにな……。
自分の気持ちを持て余してしまう。
授業が終わって談話室で本を読んで待っていると、セシル王女が護衛騎士を伴ってやってきた。
「エレーナ様、お待たせしました」
「セシル様、大丈夫ですよ。提出のレポートについてのご相談でしたか?」
「ええ、実はこの課題についてまとめなくてはいけないのですが、こちらの学校のまとめ方のルールなどがあれば教えてほしいのです」
「特に決まりなどはないのですが……そうですね、この課題を出された先生はどなたですか?」
「ボールディン先生です」
「ボールディン先生は、接続詞をあまり使わない簡潔なレポートを好まれます。あとは具体例を多く出すと評価が高いと思いますよ」
先生のレポートの好みは在籍していた6年間ですっかりと把握していた。
伊達に首席をとっているわけではないのだ。
「エレーナ様、ありがとうございます。そういった情報がわからなくて助かりましたわ」
可憐に微笑むセシル王女に微笑み返す。
パッと読んだだけだが、セシル王女のレポートは非常によくまとめられていた。
エレーナに相談する必要性がないくらいだ。
もしかするとロキとの婚約の話をしたいのかしら……
「セシル様、何か他に私とお話ししたいことがあるのではないですか?」
エレーナの言葉にセシル王女の頬がみるみる赤く染まっていく。
「ふふ、やっぱりエレーナ様にばれてしまいましたか」
「だってセシル様のレポートはとても良く書けていますから」
にっこり笑って答えるとセシル王女は嬉しそうに笑った。
きっと言い出しにくいのだろうと、エレーナから話を振ってみる。
「セシル様がこちらに留学されて1ヶ月ほど経ちますが、いかがですか?」
「エレーナ様のおかげでお友達ができました。ありがとうございます!」
「私のおかげ……ですか?」
「ええ、同じクラスのナキア様が、同学年のお友達を作った方がいいとおっしゃってくださって、昼食の時にいろんな方を紹介してくださるんです」
「ナキアが?」
以前エレーナが指導係を務めたナキアが妹分のセシルに挨拶すると意気込んでいたのを思い出した。
「ナキア様が一つ下の学年のジャネット様を紹介してくださって。ジャネット様のおうちがサカール国と交流を持っていることもあって、色々と我が国のことをご存知でいらっしゃるんです」
ジャネットもエレーナが指導係を務めた後輩だ。
男爵家だが、諸外国との貿易の事業をしているので、サカール国と関わりを持っているのも頷ける。
どうやら、後輩二人がいろいろと動いているようだった。
「まぁそうだったんですね。交流が広がっているようでよかったです」
「はい! これもエレーナ様のおかげです。早くお礼を言うべきでしたが……なかなかいうタイミングが見つからなくて」
「私ではないですよ。セシル様のお人柄だと思いますよ」
エレーナの言葉で、頬を染め嬉しそうに微笑む。
「ロキ様しか知り合いがいない中でこちらへ留学したので、まさかこんなに賑やかな学園生活が送れるとは思いませんでした」
ロキの名が出て、エレーナの心臓がドクンと跳ねる。
「……ロキとはサカール国の学校でお知り合いになったんですか?」
聞きたくないのに、思わず聞いてしまった。
「同じ学校に通ってはいました。ただロキ様は学年が一つ上、しかもすぐに飛び級で大学に行かれてしまったのでお話しする機会はなかったです。大学に行かれたロキ様が魔術の研究成果を王宮で発表された際に初めて言葉を交わしました」
「研究の発表……」
王宮で発表するという時点で、ロキの研究のレベルを推し測ることができる。
「どんな研究なのですか?」
エレーナはロキが何を研究していたのか全く知らない。
知らされていないことはショックではあったが、それよりも知りたい気持ちが上回った。
「魔獣を……それぞれの国境に広がる森で住んでいる魔獣と人間の住む場所を分けて共存できるようにする結界を作る魔術です」
「共存……」
確かにうまく共存ができれば、魔獣で命を落とす人も少なくなるだろう。
途方もなく大きな夢物語のようにも聞こえる。
「一昔前は、突如現れる聖女と呼ばれる方の力に依存することしかできなかったのですが、聖女が現れていない今、聖女頼みの結界ではなく、誰でも作れる結界を目指したとおっしゃってました」
「王宮で発表したということは……その魔術が完成したということですか?」
「……ええ」
鳥肌が立った。
現実の話となれば、今よりも魔獣討伐へ赴く回数は少なくなるに違いない。
そうなると、一国の予算編成や、他国間とのパワーバランスをも変えてしまう魔術を完成させたことになる。
「少ない魔石で広い範囲に結界を張る魔術のようです」
今までも魔石を使って結界を張ることはできたが、一つの魔石で張れる結界の範囲はごくわずかだ。
もし国境に広がる広大な森に結界を張ろうとすると想像を絶する量の魔石が必要になるため、現実的な解決策にはならなかった。
それを現実的なものに変えた。
「もしかしたら今回の遠征って……」
「そうです。我が国と共同で結界を張る作業に行かれたのです」
「……極秘だろうお話を私にしてくださって大丈夫なのですか?」
「ええ……多分」
いたずらっ子のようにセシルは笑った。
思わず絶句したエレーナに、セシルは可憐に微笑む。
「だって、ロキ様の研究はエレーナ様のためだったんですもの」




