1 再会(1)
本日2話目です。
「エレーナ、学園長室に呼ばれた訳はなんだったの?」
心の整理がつかないままため息と共に教室に戻った私のところへ、待ち構えていた幼馴染二人が寄ってきた。
一人はこの国、アスガルド王国第一王女シュリ。妖精のように可憐な姿とは反対に性格はサバサバしたしっかり者の姉御肌気質。
もう一人は、伯爵家長男のフィル。穏やかで優しいけれど、内面に強い意思を持っている頼れる友人だ。
シュリとフィル、そして私とロキは幼い頃から王宮の庭で遊んでいた幼馴染だった。
私の父は宰相、ロキの父は近衛騎士団長、フィルの父は外相を勤めている。
国王がシュリ王女の遊び相手になるように、と側近達の同い年の子供達を招集したのがきっかけだ。
幼い頃から4人で一緒に王宮で遊び、学んだ。信頼できるかけがえのない仲間だ。
「学園長室で…ロキと……サカール国のセシル王女がいらっしゃったわ。明日から私がセシル王女の指導係ですって……」
「ロキ?! ロキが留学から戻ってきているの?」
「シュリはデイン様から聞いていなかったのかい?」
フィルの問いかけにシュリは首を横に振る。
王女シュリの婚約者はロキの兄、デインだ。
ロキは3年前に魔術を学びに隣国サカール国へ留学に行き、それから一度も帰って来ていなかった。
「ロキが近々帰ってくる話はデイン様から聞いていたけれど、もう帰国したなんて聞いていなかったわ。セシル王女は今日王宮に着くとは聞いたけれど……学校の方に先に挨拶にきたのね」
「エレーナはロキと手紙のやりとりをしていただろ? 帰国については聞いていなかった?」
フィルからの質問に思わず言葉が詰まる。
「………何も聞いていないわ」
ロキの留学中、エレーナはロキへ手紙を送り続けた。でも、ロキから返ってくるのは、おざなりにも感じる定型文のカードばかり。
2年目までは心折れながらも、近況などを手紙に書いて送ることができた。
3年目は……もう何を書いていいのかわからず、かと言って手紙を送らないという選択もできずに、カードに一言添えて押し花で作ったしおりや刺繍をしたハンカチを送るだけだった。
きっと私がめげずに手紙を送りつけるから、しょうがなく返信していただけだったんだろうな。
ロキがどう過ごしているかも、近況も何も、全く教えてもらえなかった。
帰国することすら伝えてもらえなかった。
………ロキが私を嫌っていることはわかっていたのに。
学園長室でロキが表情を変えることなくエレーナを見ていたことを思い返す。
帰国したらロキとの関係が以前親しかった時のように戻るかも、と淡い期待も先ほどの再会で打ち砕かれた。
「やっぱりここにいたのか」
突然教室のドアの方から声が聞こえてきた。
振り向いたエレーナの視界に、恋焦がれていた煉瓦色を捉え、ドキンと胸が高鳴る。
昔とちっとも変わらない、唇の片側をあげた生意気そうな笑みでドアの枠にもたれかかっているロキがいた。
「「ロキ!!」」
シュリとフィルが驚きの声をあげる。
「帰ってくるなら、先に連絡しろよ! よく帰ってきたな。待っていたぞ!」
フィルがロキを抱きしめる。
「いや、皆を驚かせようと思って。成功したか?」
悪戯っ子の顔で嬉しそうに答えているロキをエレーナは呆然と眺めていた。
3年前と少し声が変わっている………低い響きを持つようになったロキの声。
3年前、14歳のロキは私と身長があまり変わらなかった。
今は、見上げてしまうほど背が高くなり、体つきも一回りも二回りも大きくなったようだ。
大人びた表情が印象的な子供だったのに、すっかり体つきまで大人びてしまったよう。
なんだか、置いてけぼりにされたような感覚に襲われる。
「ロキ、いつの間にそんなに成長したのよ。あんなヒョロヒョロだったくせに」
シュリも同じことを思ったのだろう。
「身長は伸びたな。あと、結構向こうで体を鍛えたからな」
シュリの言葉にロキは飄々と答えた後、「兄さんとは上手くやっているようで何よりだ」と微笑んだ。
その微笑みを見て、エレーナは胸が締め付けらる。
ロキが留学を決めたのは………シュリとデインの婚約が決まった直後だった。
ロキは、シュリへの想いを忘れるため留学したのだ。
ロキは最後にエレーナの方を見ると、「お前は変わらないな」と呟いた。
ロキの美しい蒼い瞳に、この瞬間は私が映っているのだろうか。
幼い頃のようにロキの瞳が私を優しく映し出すことは、3年前のあの日からなくなった。
今も目を合わせてくれない、微笑みかけてもくれない……それでもエレーナの存在を無視されなかったことに安堵してしまう。
「そうかしら」と微笑んで返答するだけで精一杯だった。
この3年でロキが少年から青年に変わったように、エレーナだって少しは変わったはずだ。
ロキがエレーナに関心がないから、変わらないと思ったのではないだろうか。
その気づきは作っていた笑顔に影を落としかけたが、手をぎゅっときつく握って心の痛みをやり過ごした。