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名探偵音祢宮麻里、全容を語る

「――いろいろと、ご面倒をおかけしました。それにしても、どうしてわたしを突き落としたのがミヤ……美也子だとわかったんですか」

 その日の三時過ぎ、予てからの約束でようやっと現れた事件の当事者・蓮見由衣は、膝へ両の手をついたまま、おそるおそる麻里さんの顔を覗き込んで尋ねた。雪もすっかり消えた、五月中旬のある土曜日のことである。

「目を覚ましたところへあんなことを言って、ちょっと悪かったと反省しているのですよ。あらためて、お詫びを申し上げます」

 紺のパンツスーツで応じる麻里さんに、噂にたがわぬ凛々しさをたたえた蓮見さんは、ベリーショートの頭でうなだれながら、一連の事件の犯人であった中等部の生徒・西野美也子のことを切なそうに考えているようだった。

 彼女はあくまでもかわいい後輩、といって面倒を見ていた蓮見さんへ親愛以上の思いを抱き、大人しい性格に似合わぬ猛アタックをかましつづけていた。そしてあの晩とうとう、口論の末に錆びた手すりの方へ蓮見さんを突き飛ばしてしまった――というのが、事件の顛末であった。

「まさかあの子が、後追いをしようとしていたなんて……。やっぱり、それだけ本気だったんでしょうか」

「あれには参りましたよ。ある筋からの、西野さんのあなたへの強烈なラブコールの噂を聞いて、まさかあの日、学校へ来た理由はそういうことなんじゃ……と思った途端、いてもたってもいられなくなったんです。なにせ、部活で来ているといったわりには、鞄以外の持ち物がありませんでしたからね。自責の念に駆られての決意……とも思ったけれど、彼女は中々腹黒かった。危うく、死人に口なしになるとこだった」

 麻里さんの言葉に、僕も頷いて続ける。

「――西校舎で鉢合わせた大森さんが目をつぶるといったのに、西野さんは麻里さんへ、大森さんを窮地に追いやる、不利な情報を垂れ込もうとしたんですからね。大森さん、言ってましたね。『ことと次第によっては、ただでさえ旗色の悪い学内のカップルの立場がますます不利になりかねない。それを恐れての一度は口をつぐんだけれど、やはり自分には西野さんのやったことは許せなかった』って」

「それで迷い、悩んだ末に、ああやって興奮しながらわたしの元へ来たってわけさ。捜査陣の知らない情報を持った人間がいれば、とうぜんわたしも動き出す。ちょっとだけ、風紀委員を見直したよ」

 大森さんの激昂の真相も解けて、にこやかに微笑む麻里さんに、蓮見さんも笑って返す。

「瞳子、気が強そうに見えるからよく堅物だと勘違いされるんですよね。『行き過ぎた感情に溺れることは許しがたいけれど、愛し合う人間を引き裂くようなことは断じてあってはならない。それを先生たちはわかってくれないんだ……』って、昔からよく言ってました。成績の良い面々から選んで、ほぼ強制でやらされるから嫌なんですよね、風紀委員って……」

「彼女、元気にしてるかい。軽いお咎めで済んだとは聞いたけれど、よもや退学にはなっていないだろうね」

 麻里さんの問いに、大丈夫ですよ、と蓮見さんは答える。

学園長せんせい、今度の件で瞳子の考えを聞いて、ちょっと思い直すところがあったみたいです。人の幸せをつぶすのは、一番やっちゃいけないことだって、ちょっとわかったみたいで……」

「まあ、彼女たちが堂々と逢瀬を楽しめるようになるには、もうしばらくかかるだろうさ。ひとつその時まで、そのまっすぐな心を忘れないでくれよ――と、大森くんにも言っておいてくれたまえ」

 麻里さんの目には、少女たちの前途洋々たる未来を願ってやまない、晴れ晴れとした色が差していた。



初出……同人雑誌「探偵春秋」第三号【令和四年一月号】掲載(推理同人・睦月社 刊行)

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