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晩鐘が鳴る前に……!

「――早紀、ちょっと聞きたいんだけれどね」

「なんでございましょう、麻里さま」

 家に戻り、亜紀さんのお給仕で昼食をとっていたときのことだった。そばへ現れた姐御肌のキッチンメイド、亜紀さんの姉である早紀さんへ、麻里さんはこんなことを尋ねた。

「高校まで女子校だった二人にだからこそ聞けるのだけど、いわゆるエス……同性愛的な関係というのは、よくあることなのかい」

 ずいぶん直球な質問だと思ったが、丸眼鏡の奥で瞳を見開いて慌てる亜紀さんをよそに、切れ長のきつい目つきをした早紀さんはけろりとした調子で、

「ほかならぬあたしが、そういう関係の当事者でしたねえ。なに、別にいたすわけじゃないんですよ。小柄なかわいい後輩や同級生から、お姉さまお姉さまと慕われて、それに応えて面倒見たりしてあげるだけです。疑似恋愛の一種ですからね、あれは」

 と、女子校の内幕を語ってくれた。

「でも、中にはその疑似的なものが行き過ぎて、メロドラマばりに発展することだってあるんじゃあないかな? あいにくわたしは共学一辺倒だったからそういうことの実地は知らないのだけれど……」

 合いの手に緑茶をなめていた麻里さんが質問を続けると、早紀さんはちょっと困ってから、まあ、ないとは言えないでしょうよ、と返答した。

「なんです、今度の事件もそういうクチですか」

「そうかもしれない、っていう可能性の話さ。しかし、そうなると聞き込みは難物だろうなぁ――」

「どうしてです?」

 亜紀さんの注ぐ、熱い緑茶の湯気を見ながらつぶやく麻里さんに、僕はご飯をつつきながら尋ねる。

「薫くん、きみも見ただろう。モテるタイプだった、という担任の言葉に、学園長が露骨に嫌な顔をしたの。陰ながらやるのはまだ黙認できても、大っぴらにはしたくない、という態度が透けて見えてるよ。ああいうのが、世の中を狭苦しくするんだろうねぇ――」

「じゃ、これ以上の追及は難しいんじゃありませんか」

 打つ手なしか、とうなだれかけたが、麻里さんはにやりと笑って、一か八かで手は打ってあるよ、と答えたが、そこへ呼び鈴が鳴り、話は中断されてしまった。

「麻里さま、ハリス女子の生徒だとおっしゃるお方が二人お見えですが」

 戻った亜紀さんの報告を聞くと、麻里さんは指をパチンと鳴らし、

「どうやらうまく事は運びそうだ。薫くん、悪いがこれはわたしだけで応対させてもらうよ。先にデザート、食べていてくれたまえ――」

 そういって亜紀さん共々、食堂を出て行ってしまった。残された僕は、早紀さんのお給仕で昼食を続けたが、育ち盛りの男子はもっと食え、という主義の彼女におかわりのご飯を目いっぱいに盛り付けられ、すっかり参ってしまった。

 どうにかデザートの杏仁豆腐を片付け、自分の部屋へ戻ろうとしたところで、廊下で麻里さんとその訪問者へ出くわした。そして、そこにいるのが先刻のカップルであることに気付いて一瞬たじろいだが、麻里さんはにこりとして、助手の野間くんです、と僕を紹介したきりだった。

「麻里さん、どうしてあの二人がここに?」

 玄関先で見送りを終えたのち、ふたたび応接間へ戻った麻里さんへ僕は疑問を投げた。 すると、スーツのままで葉巻をくゆらせていた麻里さんは、ソファの背にかけた上着のポケットから名刺入れと小さなシャープペンシルを出して、得意げに笑ってみせた。

「きみが車に乗る前、靴についた雪を払ってる間にさっとしたためて放り投げたのさ。『恋人さんたちへ 蓮見さんの事件のことで大至急伺いたいことがあります。お手数ですが名刺の住所までご足労願います。謝礼進呈――』とね。車代を渡してあるから、きっと今頃タクシーのなかさ」

「あいかわらず、手際がいいですねえ……」

 ほんの一瞬のうちにそんなことをしていたのか、と驚きつつ、僕は何か証言が得られたのかと麻里さんへ問いかけた。

「実に興味深い証言が得られたが、状況証拠とつきあわせるとちょっとややこしいのだよ。一つ確かなのは、大森くんも西野くんも、どうやら本当のことを言っているらしい、ということだけだ」

「ええっ」

 意外な言葉に思わず立ち上がってしまったが、麻里さんは驚きもせず、年の割に小柄な僕をしげしげ眺めてから、

「悪いけれど、しばらく一人にさせてくれるかな。ちょっとここで、考えをまとめたいんだ……」

 といって、早くも根元に行きかけた葉巻の紫煙を、ルージュを引いた唇の隙間から漏らすのだった。約束通り、邪魔をしないようにとメイド姉妹にも伝え、居間で二時間ばかり本を読んでいると、麻里さんが青い顔をして飛び込んできた。

「大変だっ、ひょっとすると、もう一人分のベットが増えるかもしれない」

「なんですって」

 手元から文庫本のすり抜けるのを覚えながら、僕は立ち尽くして、麻里さんの顔を覗き込む。

「すぐに出かけられるよう支度をするから、矢口刑事にハリス女子へ二、三人警官を連れて向かうよう電話してくれないか。――これを逃したら、音祢宮麻里一世一代の不覚だっ」

 そのままガレージへ急ぐ麻里さんへ事情を聴くわけにもいかず、ひとまず頼まれたとおりに電話だけすると、僕はすでに薄暗くなりかけた西の空を背に、麻里さんのZで関屋へと急いだ。

 ハリス女子の尖塔から鳴る晩鐘が、近づくにつれてその響きを増していた――。

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