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出会いと、駆け引き

その日は、ムシムシとした暑い日だった。

汗は滲み、汚れきった古着で、額はもちろん、脇も腹も下半身をも拭った。


「やっくん、飲み物ねぇか?」

「にーさん、あるわけねぇでしょうよ。俺ぁ、この前ここに来たばっかの新入りです。稼ぎもねぇ、まともな家すら作ってねぇ。グータラで駄目なやつですよ」

「グータラで駄目なのは、俺らみんな一緒さ。そこを補っていくのがここの集まりだろ?俺だって、いーさんのために空き缶とか色々収集して、ボロッボロのガタガタ自転車で日々あくせくしてんだ。入ったばっかの新入りが、先人に楯突くんじゃねぇ。」

「そう言われてもなぁ…」


にーさんは、先にここの集まりに落ち着いた住人だ。住み着いたのが”二番目”だから『にーさん』。そのにーさんが言ってた『いーさん』は、ここの住人の一人目で尊重的存在、そして、その人自身が法律だ。

住み着いた順で、若い数字ほど偉くなる。俺は八人目だが、既に俺のあとにも何人かいる。


「やーさん?」

「あ?」


呼ばれてその方向に目を向けると、清潔感のある爽やかな青年が立っていた。何だこの小僧は。明らかに何処かの学校の制服。カバンは小さいが、何やらゴミ袋に似た袋を肩に抱えていた。


「おっさん、やーさんなの?ヤクザ?」

「あぁ?ちげぇよ。見た目で分かんねぇか?ホームレスだよ、ホームレス。お前のような小僧とは縁もない、汚いおっさんだよ」

「あー、ホームレスなんだ。だからこの辺、ここ2,3ヶ月ちょっと臭うのか」

「クセェだろ?オメェも俺の臭いでもかいでみるか?」


試しに、股間に収めてた古着をそいつに渡そうとした。俺でもキツイんだから、小僧がまともに俺に近寄れるわけがねぇ。俺なりの威嚇のつもりだった。


「いやいや、さすがにそれは遠慮する」

「なんだ、丹念に二週間は育てたんだぜ?」

「あ、やっぱり洗えてないんだ?」

「当たり前だろ、ホームレスだぞ?水道なんか料金も払ってねぇ。おまけにここは公園でもねぇから、公共の蛇口もねぇ。」


聞き流してるのか、そもそも相手にしていないのか、足元の砂利をいじりながら「うんうん」と頷いていた。


「なあ、おっさん。それ洗ってきてやろうか?」

「・・・は?」


正気かこの小僧。ホームレスが二週間ずっと使ってた古着だぞ。普通は触るのも嫌がるもんだろ。


「小僧・・・」

「小僧って言うのやめてよ。おっさんから見たら小僧だけど、俺にも名前あるよ?」

「小僧は小僧だろ?名前なんてどうでもいい。ホームレスと爽やかな学生に、接点なんかあっちゃ駄目だろ。俺なんかと話してるの見られたら、学校でいじめられるぞ?」

「別にいいよ。おっさん、悪い人じゃないでしょ?」


そりゃあ・・・と言いそうになったが、敢えて悪いやつを演じた。


「・・・俺はな、万引きとかやってんだ。どうだ、十分悪いやつだろ?」

「何年前?」

「15年前」

「じゃあ時効だ。確かに悪いことだよ。店の人にも迷惑をかけてるし、損害も与えてる。でも、今はもうする気もないんだろ?」

「こんな身なりじゃ、一瞬でバレちまうからな。まともに家も無い。逮捕されたら『住所不定無職』ってやつだ」

「一度仲良く話した身としては、名前も知らないオッサンだろうと、逮捕される姿は見たくないんだよね。・・・で、それ洗ってこようか?俺んち、割と近くだし」


おいおい、必死に話し反らしてたのに、またそこに戻るのか。余程のもの好きらしい。


「いいか、小僧。これ洗ったら、小僧の家の洗濯機、一瞬で駄目になっちまうぞ。嫌だろ?な?」

「別に。色移りとかが心配だから、とりあえず別で洗うけど。気になるのそれぐらいだよ。ほら、貸しなって」


そう言うと、小僧は俺の首にあったそれを、スルスルっと自分の左手で握りしめた。


「まじかよ・・・」

「え?」

「いや、普通ホームレスの使ってたものを平気でつかめないだろ?俺でも、ここの連中の使ったものを共有するの嫌だぜ?」

「俺気にしないタイプだし、オッサンのこと放っておけないというか。さっきも言ったけど、こんなに仲良く話してくれるんだから、俺はオッサンのこと悪いやつとは思ってないよ。むしろ心配してるから、ここまでやってるの。ここ、普段西日もすごいし、クソ暑いだろ?スポーツドリンクでも持ってこようか?」

「待て待て、俺はただのホームレスだ。職歴もまともにない。家族もいないも同然。俺なんかと仲良くなったところでメリット無いだろ?」

「もういいって。頼りたくないんだろうけど、俺が好きでやってるの!素直になりなー」


そういいながら、小僧は自分の家に帰った。俺の汗を拭うものが無くなってしまったが、彼が明日にでも戻ってくることを願おう・・・。

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