それは突然に
アレクの表情が変わってる。
悲しみや怖れをその顔に現している。
彼はこれらの感情で覆い尽くされるように、苦しさに顔を歪める。
何がそんなに悲しいの?
お願いだから、そんな悲しい顔をしないで。
私は心配になってアレクに手を伸ばしかけて、慌ててその手を引っ込めた。
それらの感情を隠す様に、顔からは一切の表情が抜け落ちたから。
急にどうしてしまったの?
突然の変化に私は驚き、戸惑った。
アレクは無表情のまま、ゆっくりと私の目を見て口を開いた。
「ティア·フローレンス···」
「えっ?!」
私はハッとしてアレクの瞳を真っ直ぐに見つめた。
その呼び方、元に戻ってる。
目の前にいる彼は、私の知っているアレクではなく、ずっと怖いと思っていた生徒会長なのだ。
そうか··。
【媚薬】の効果がなくなったんだ。
【媚薬】を飲んでから気が付けば三時間が経過していたのだ。
アレクはもうすっかり元の生徒会長に戻ってしまっている。
その瞳には冷酷さが戻り、私を見つめる時に見せた優しさや甘やかさは既にない。
あの優しくて、小さな子どもみたいに純真な彼はいなくなってしまった···。
いいえ、もともとあるはずの明るさを消し去り、周りに壁を張り巡らせているのだろう。
いずれにせよ、あのアレクは隠れてしまっている。
【媚薬】の効果はやがて消える。
それは分かっていた。
一緒に過ごした時間が余りにも楽しくて、ずっとこのまま続くんじゃないか、薬の効果が消えてもアレクは変わらないのではと私は期待していた。
でも、それは違った。
突然突きつけられた現実について行けず、悲しみがこみ上げてくる。
いなくなってしまった彼を追い求める私。なぜここにあのアレクが居ないのだろうか。
私は優しいアレクが好きだった。
この短い時間に恋をして、とても幸せだった。
いつしか私の頬に涙がポロポロと伝った。
「アレク··いえ、生徒会長」
「·····」
元に戻ってしまった以上、呼び方もアレクではなく、生徒会長に戻さなければなるまい。
アレクはしばらく無言のまま、うつむいていた。
「理解、できない。なぜこんな事が?」
そう言葉を発したアレクは、自分の両手をじっと見つめている。
【媚薬】から目醒め、本来の自分に戻ったものの、自分の身に起こった事を理解できずに混乱しているように見えた。
私はを涙を拭い、ボヤけた目でアレクを見る。
手を伸ばし、彼に触れたい衝動に駆られる。
いいえ。
それをしてはダメ。
しっかりと現実と向き合わなければ。
学園に【媚薬】を持ち込んでしまった事、それがアレクの口に入ってしまった事。
アレクはいわば被害者なのだ。
私はそれを正直に伝えなければならない。
「アレク···いえ、ごめんなさい。生徒会長、お話があります」
「···悪いんだけど、一人にしてくれないか?今は······もう少し······」
そう言って、アレクはこの場から立ち去ろうと歩き出した。
「あっ!アレク」
咄嗟に叫んだ私の声に、一瞬ハッとした表情を見せ振り向いたものの、アレクは首を横に振り、胸元を押さえ再び歩き始めた。
私はアレクに手を伸ばした。
······
アレクを追ってどうするの?
今は彼に何を言ったところで話にならないだろう。
彼は以前の生徒会長なのだ。
私は伸ばした手をパタリと落とした。
夢を見ていた。
【媚薬】を使って甘くて優しい、素敵な夢を見ていた。
自分にそう言い聞かせ、納得するしかないんだと、そう思っても涙は溢れてくるばかりだ。
なんでこんなにもアレクを好きになってしまったのか。
朝までの私はこの現状を想像すらできなかった。