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鬼『子』の眼にナミダを 捌


 三石きこは日本人だった。

 

 黄色の皮膚も、小さな身長も、黒い髪も、肉付きのある手も――なにもかも全てが彼女が『日本人』であると、証明していた。 

 父親も母親も、周囲を海に囲まれた島国たる日本で生まれ、日本で育った。きっと、祖父も祖母もそうだったのだろう。

 しかし、三石きこは純粋な日本人でありながら、生まれた場所は違かった――彼女は日本で生まれる事はなかった。

 

 三石の父親は外資系の職に就いていて、海外に出張する事も多かったらしい。

 それは三石の母親からしたら、仕事に勤しむ父の――彼の背中は誇らしい事でもあり、一人、彼の帰りを待つ事は寂しい事だったのだと思う。

 それは、父親もきっと同じ考えだったはずだ。

 愛する人とは、いつまでも、どこまでも、一緒に居たいはずだから。

 だからこそ、そんな二人が日本を飛び出す事は至極当然の事で、幸せな事だったはずだ。

 

 そんな日本を離れた二人にも子供ができた。

 幸せが幸せを呼び、幸せの形を――子供を形成させたのである。それが三石きこの誕生だ。

 

 しかし、その幸せは続かなかった。

 いや、続いでいるのだ。

 三石の親の幸せは続いている、しかし、

 子供は――三石きこは、そうではなかったらしい。

 

 簡潔に言えば、『イジメ』だ。

 人種差別なんて、たいそれた物言いは控えるべきだが、まだ常識を知らない小さな子供の中に一人だけ、違う皮膚の色、瞳の色、髪の色、人種が居れば興味を示さない訳がない。

 子供の行う事だ、『イジメ』と言っても『虐め』まではいかない程度の、大人からしたら鼻で笑ってしまうような『イジメ』だったのだと思う

 しかし、その『イジメ』を受けるのも子供だ、前にも述べたように常識を知らない小さな子供だ。

 僕は、運がいいというかなんというか、この人生で『イジメ』に遭った時はないから(弄られる事は多々あるが)、これは推測であり、憶測ではあるが、そんな常識を、世界を知らない子供が受ける『イジメ』は、きっと本人――三石きこからしたら無残な『虐め』だったのだろう。

 

 しかし、三石きこは弱音を吐かなかった。

 泣く事も一度もしなかった。

 親に相談する事もしなかったのだ――それは前に述べたような『幸せな親の生活を崩したくない』という考えから打ち明けなかった、のだと思う。

 三石きこは強く、賢い子供だった。

 そして何より――臆病な子供だった。


 そんな中でも幸せな事、安心できる場所はあった。

 その場所はやはり家だった。

 母親と父親の居る家に帰ると安心できて、幸福になれたのだ。

 小さな頃は、三石きこは日本語が喋れなかったらしい。それは当然だろう、だってソコは、三石きこがいた世界は、日本ではないのだから。

 だから母親が、たどたどしい英語で話してるのを見て、「お母さんの話してる事が分からない」と言って母親を困らせてたらしい。

 

 しかし、そんなたどたどしい英語を話す母が語る日本の話が好きだった、日本のおとぎ話が好きだった。

 三石きこの母親が、何故、日本の話を、日本のおとぎ話を聞かせていたのか。その本心は僕には分からないが、きっと自分の生まれ育った国を、日本を知ってほしかったのだ、と思う。

 もしくは、日本が恋しかったのかもしれない。

 

 そして三石きこが十二歳の時、日本でいうなら小学校の卒業の間際、父親の仕事の都合で日本に戻る事になったのだ。

 それは三石きこ本人にしたら、歓喜する事だったはずだ。

 だって母親が語っていた話、物語だけの世界に、自分が足を踏み入れる事ができるのだから。なによりもコチラの世界から、生活から抜けだせるのだから。

 

 小学卒業と同時に、日本へと飛び立った三石きこ――親からしたら戻ってきた、になるのだが――まず、家族三人は、日本に降り立ったのだ。

 

 日本の岩手県に。


 岩手県――日本の東北地方の北部(北東北)に所在し、北は青森県、西は秋田県、南は宮城県と境界を接している県で、土地面積は15.378平方キロ。日本の都道府県としては、北海道に次いで二番目に広い。県の人口およそ百四十万人。

 因みに、東京の土地面積は2.187.58平方キロ、人口はおよそ千三百万人。

 そんな雄大な土地で生活する事となった三石きこ。それはどうしようもない程、嬉しい事だったのだろう。

 その広い大地も、街も、空気も、そして人も。今まで三石きこが見た事のない世界

が広がっていたのだから。

 母親の話でしか聞いた時のない、もしくは写真でしか見た時のない世界――その世界が今、目の前に広がっているのだ。新しい土地での生活の不安よりも、期待と希望に胸を膨らませていたはずだ。

 なによりも、同じ皮膚の色、瞳、髪も人種――日本人がいる事に安堵したはずだ。

 

 しかし、現実は、そう甘くなかった――言葉である。

 三石きこは日本語が喋れなかったのだ。

 中学一年になる頃だ。世界共通言語――つまり英語は話せても、この小さな島国の言語、日本語を授業に取り入れる学校は、そうそうに在る筈もなく、三石きこの通っていた学校も、その中の一つだった。

 

 そして、中学の入学式、彼女はカタコトの日本語で自己紹介をしたらしい。それは中学校に入学したての子供にとっては、珍しかったのだろう、僕だって興味を抱く。

 カタコトの日本語を話す少女の噂は学校中に広まり、そして、彼女が海外から来た事も、すぐにバレてしまった――これに関しては、日本独特なのかもな……、日本人って噂とか好きだし。

 前にも述べた通り、みんなが興味を抱いた。しかし、その興味を、当の本人に示さなかったのだ――区別されたのである、三石きこは。

 イジメからは脱却できたが、今度は区別――無視されたのだ。三石きこは、大衆に紛れる事が出来なかった。まるで『みにくいアヒルの子』だな……。

 しかし、『みにくいアヒルの子』ように、逃げ出す事なんて出来る訳もない、だって三石きこは、強く、賢く、なにより臆病な子だったから。自分の所為で、親に心配をかけさせたくない、と思ったのだろう。

 夢にまで見た世界、自分のいるはずだった世界からも、彼女は見捨てられたのだ。それは、きっと前にいた世界に抱いていた怒りよりも、もっと深く、もっと暗い、寂しさ、切なさ、虚しさ――そんな感情が彼女を蝕んだはずだ。


 この時、彼女が自分の強さを確認し、賢さを認識、臆病である事を認めていれば、少しは、いや、きっと彼女の世界は変わっていたのだと思う。

 親に相談するなり、自分から積極的に生徒の輪に向かうなり――なんだって良い、『行動』を起こせば彼女の、三石きこの世界は、まったく逆の世界に変わっていた筈だった。

 しかし――出来なかった。そんな簡単で、当然な考えさえも、考え付かなかった程に、三石きこは世界に、現実に絶望していたのだから。


 そんな感情では、友達なんてできる訳もなく、毎日一人で朝の学校までの道を歩き、一人で昼食を摂り、一人寂しく家路につく彼女。

 平凡というには、無駄に息苦しい平凡を手にし、あってはならない単調の日々を送り、大衆に紛れる事が出来ない孤独感に苛まれる――そんな日々を送った三石きこ。

 自殺――そんな事も考えたのかもしれない、しかし、しなかった――出来なかった、という方が正しいかな。だって彼女は強く、賢く、臆病だったから――そこは、感謝する事なのかもしれない。

 


 そんな生活が一年続き、三石きこが中学二年生のなった春。

 この生活にも慣れを感じ始めた頃、小さな事件が起きる。

 クラス変えである。

 その時にも、三石きこの日本語はカタコトのままだった――彼女は諦め、いや、拒否したのだ。

 日本語を学ぶ事を。

 他人と会話する努力を。

 そんなカタコトのままの日本語で、また新しいクラスメイトの前で自己紹介をする――入学式と同じような視線を浴びせられる、と思ったのだろう。

 トラウマ。

 それがどうしようもなく嫌で、苦しくて、彼女は学校をサボった。

 行く当てもない彼女は、どこかの道やら、コンビニやらで時間を潰したのだろう。携帯には学校から、親から電話が掛かってきてはいたが、無視していた――よく考えれば、初めての反抗の意思だったのかもしれない。

 そんな行く当てもなく、途方に暮れながら、何処かさえも、分からない道を歩き、とある廃墟に到着した。

 潰れた病院、若者の心霊スポットにもなっている場所だ。


 そこで彼女は出会ったのだ。

 

 偶然にしては無理やり過ぎて、

 運命にしては曖昧過ぎて、

 彼女も戸惑ったのだろう。


 けど、それはとても居心地の良い空間だ、と彼女は感じていた。





「たたらぁ……たたらぁ……」


 三石きこは何度も呼んでいた。

 喫茶店のテーブルに肘を突き、頭を抱えるようにしながら。

 細く、脆く、弱く――彼の名前を。

 その廃病院で出会った、彼の名前を。


 言果たたら(ことはで たたら)。

 

 その名前を、何度も、何度も――。




                                              ~続く~

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