鬼『子』の眼にナミダを 伍
伍
僕と三石のきっかけは屋上だった。
偶然的に、奇跡的に、運命的に、僕は見てしまった。
彼女の秘密を――。
そして、彼女は悪意を以て接した。
では、もう一人の彼女は?
僕とななかのきっかけ。
偶然的に? 奇跡的に? 運命的に?
僕は、どのようにして出会ったのか。
仙夕ななかとの出会い、ならわし。
そして、彼女は僕に何を以て接してるのだろう。
誠意か、同情か、それとも――
「虎柄以外、考えたくもありませんわ」
――なにが?
「パンツですわ。いえ、ここは敢えて男性方の煩悩を刺激する為に……『おパンティ』と言わせて頂きます」
――――誰の?
「きこさんに、決まってますわ。それとも私の『おパンティ』がご所望ですか?」
人生で初めて、同年代の女子をゲンコツで殴った。
「痛いですわ、お兄様。『愛には痛みも必要』なんて、前時代の考えはお止めになさった方が宜しいですよ?」
「俺のシリアス返せよ。ってかなんだよ? 『考えたくもない』って、お前の個人意思でガッチガチに固めてんじゃないかよ」
「だって、『鬼』ですよ? 鬼のパンツって云ったら、虎柄に決まってるじゃありませんか? それ以外を履いてるなんて、夢がありませんわ」
「そんな夢捨てちまえ!」
「夢を捨てたら、人間お終いですわ」
「夢を見る方向を変えろよ!」
「見ていませんわ。私は、夢を与えているのですわ、お兄様」
「誰に!?」
「五歳のおませな男の子から、還暦のお茶目なおじい様まで、それはそれは幅広く。お兄様、夢は年齢を越えますわ」
「無駄にカッコつけんな!還暦のおじいちゃんが、お茶目で女子高生のパンツを妄想してるなんて、思うなよ!」
なんだその素敵大国は。そうなったら、日本は終わりだ……いや、始まるのか?
「エロスは年齢も、国境も、性別も越えますわ――ビバ、エロス!」
「開き直ってる! もう、無駄なカッコ良ささえない!」
何故、こんな会話をしてるのか、いや、何故、こんな会話になったのか、それは僕にも分らない……このエロ犬ハチ公にでも聞いてくれ。
誤解を解かしてもらう、情報交換だ。僕とななかは図書室で『三石きこに関する情報』を教え合っていたのだ。決して、「三石きこのパンツに関する情報」を聞いてた訳ではない、興味ないし……いや、その、本当に。
話を戻す。しかしながら、ななかの知ってる情報も、僕と同じようなものか。どちらかと言ったら、僕の方が知っているくらいだ。初っ端から八方塞がりだな……。
二人で考え込んでいると、ななかが口を開いた。
「まぁ、こんなお兄様の包容力並に少ない情報ですけど、分かった、っといいますか、調べるべき事はいくつか出てきましたわ」
軽く人間を否定された気がしたが、無視させてもらう。
「まずは、『手紙』ですわ。きこさんは、手紙を破り捨てていたのですよね? それがなんなのか、気になりません?」
それは僕も思った。その手紙を破り捨てた途端、三石は『鬼』になったのだ。その内容がキッカケなのか、それとも、破ること自体がキッカケか……
「それに、彼女は、こうも言ってましたわ。『まだ慣れていない』と」
「そんな事、言ったか?」
「えぇ。雨露を撫でるように、細く補足をしてました。まぁ、あの時のお兄様は、きこさんに捕捉されてましたから、覚えてなくても仕方ありませんわね」
確かに……あの状況下だ。すべての言動、行動を寸分なく覚えているか、と聞かれると言葉を濁す。
「そう、これは『確定情報』です。きこさんは最近、鬼になった――いえ、為り下がったのですわ」
ななかは笑っていた。この状況を、楽しんでるようだ。僕としては、こんな非現実的な話から、解放されたいのだが。
「……お前、楽しそうだな」
「あら、お兄様。この状況を、楽しまずして、どうしろって言いますの? 私達の年代なら『他人とは違う』とか『特別でありたい』と、願うものではありません?」
「まったく以てないな。僕は『平凡であり単調であり大衆である』事を望むよ」
そう告げると、ななかは「まったく欲がないですね」、と溜息を吐いた。コイツ、僕のためではなく、自分の私利私欲の為に、自ら首を突っ込んだんじゃないのか?そんな事を考えていると、ななかは、再度話しだした。
「話を戻しましょう――そこからまた、新たな謎が出ますわ。最近、鬼に為り下がった、きこさんは『何処で』、『何時』、『何故』、『どのようにして』、鬼になったのか、ですわ」
「ビジネス用語じゃないんだからさ」
「あら、お兄様がお好みの合理的な説明をしたのに。それにビジネスなら5W2Hですわよ」
「2H? 後、一つのHはなんだよ?」
「How Mach」
「あぁ、なるほど」
「ふたりエッチ(2H)はHow Mach?」
無視した。
「お兄様はHow Mach?」
擬視した。
こいつのエロに対する原動力は、何処から出てくるのか。話題を戻そうと、僕は口を開く。
「しかし、そんな事は分かってるんだよ。それを解決する為の糸口が見当たらないから、こう頭を抱えてるんだろ?」
ななかは、無視された事は気にしておらず、厭らしい笑みを浮かべて、喋り出す。
「確認は大切です、お兄様。言葉にする事、意思の疎通は必ず行う事ですわ」
そして、ななかは椅子から立ち上がり、背伸びをした後、付け足すように言った。
「『謎』は、読んで字の如く、『言葉の迷い』ですわ。言葉の迷いに、言葉で対処するなんて非合理的でございましょ? 言葉の迷いには、まず『行動』で向かうべき」
そう告げると、ななかは図書室の扉に向かい――力強く開け放つ。
そして、こちらを向き、こう告げた。
「この、純情、純粋、純真、純然、純良、純正、純潔で至純、清純たる純国産の乙女、仙夕ななかにお任せあれ」
「当てはあるのか?」
「それはもう。古今東西、津津浦浦に」
そして、去って行く。さも次の行動を事前に把握、確定してるように迷いなく。
思うと、今までの会話を純粋な会話として楽しんでただけのようだった。
さてと――ななかの取ったのは『行動』
それでは僕は?
『言葉の迷い』に対して
『平凡であり単調であり大衆である』僕は――どう対抗する?
〜続く〜