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鬼『子』の眼にナミダを 参


 唐突で申し訳ないが、ピンチである。

 危機一髪。

 危急存亡。 

 絶対絶命。

 今、僕は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。しかし、立ち位置は絶壁ではなく学校の廊下――詳しく言えば、三階にある図書室倉庫の廊下の前だ。しかも最悪な事に、この図書倉庫は三階の端に在り上手い具合に死角になっているのだ。

 何故、平凡な成績、立ち位置の公立の高校で殺人事件が起きそうなっているのかを思い返して見る。

 

 ななかとの会話の後、僕は図書室へ向かった。自分の成績向上の為ではなく、静かでクーラーの効いた部屋で惰眠を貪る為でもない。

 僕には知識がなかったのだ。

 『鬼』という存在、『鬼』というならわし、『鬼』という『鬼』についての知識がなかった。

 僕が知ってるのといえば、二月三日(うるう年なら二月四日)の『節分』、秋田の『なまはげ』、御伽草子に出てくる『酒呑童子』、子供遊びの鬼ごっこ、そんなもんである。その事だって、ならわしまで詳しく知ってるか、と言われたら正直、言葉を濁す。

 先人は言ったものだ、『今の時代は情報戦』と。

 まったく以て、その通り。

 今の時代は情報が全てだ、相手を知らなきゃ、対処も対策も講じれない。

 人間は基本、『知識』を武器にするもの、『力』を武器にするものなんて、今の時代にそうそうはいない、前時代の考えだ。準備を怠らず、どんな事態にも対処するには相手を知る――『臆病』になった、とも言えなくはないが。

 

 そんな訳で、『鬼』に纏わる文献を一人で調べていた、と言う訳。

 僕の想像してた以上に『鬼』というのは、日本に密接に関わってるらしい、鬼から由来された地名まであるし、昔の文献の『伊勢物語』とか『源氏物語』にも鬼が出現する。そういえば、小学生の時、国語の授業でも『鬼』を題材にした話があったよな。

 日本語にだって『鬼』は進出してるみたいだ、『鬼のように強い』とか『鬼のような形相』なんて言葉もある、ことわざにだって『鬼』を比喩してる文が数多くある。

 素直に驚いた。ここまで日本では『鬼』が常識化されてるものだとは思わなかった、とある地方では『鬼』を神と賜わって祭りを行う、なんてのもある。

 

 だがしかし、ここまで情報が多いと、どれが正しい情報なのか分からない。

 いや、今回に関しては『三石きこに対する情報』なのかだ。

 無駄な情報は、自分を混乱させるだけだ。

 少し目も疲れてきたと思い図書室の時計を見ると、もう十九時を回っていたので今日は帰ろうと図書室から廊下に出た。

 

 その時である。

 一瞬、目の前に手のような物が視えた、と感じた時には遅かった。視界は塞がれ、額を左右からペンチで押されてる感覚に襲われた、これはもう『押されてる』というより『圧されてる』という程の痛みだ。

 刹那、体が宙に浮くのが分かった。足の裏に感じられないのだ、廊下の感触が、地面の感触が――『立っている』という感覚が。

 そして、背中から風を感じた。自転車で坂を勢い良く下る、それくらいの勢いの風を、ベクトルを、背中から感じた――押し出されている。

 僅かな、本当に僅かな時間、背中に当たる風に心地よさを感じていると、背中に衝撃が走る、壁なのか、なんなのかは今の僕には分からないが、背中に感じていた、風が、ベクトルが、上下左右、右往左往に散開するのが分かった――残ったのは痛み。それだけだった。

 

「嫌んなっちゃうねぇ」


 可愛い声だった――しかし気だるく、やる気のない声でもあった。


「今のキミを例えるならさぁ、蛇に睨まれた蛙。って感じぃ?あぁ、眼見えないんだねぇ、ゴミンゴミンちょ」


 圧迫されてた額が痛みから解放された。

 ライトの光に目をしばつかせる。

 しかし、少しの安堵感も感じさせず違う痛みを感じた。

 首である。

 首を締め付けられてる、しかも片手一本で、付け加えるなら左手で。呼吸が乱れる、しかしできないわけではない、それくらいの力加減。

 しかし、振り払えない、コイツの腕の力、尋常じゃない! 異常だ!


「どんもどもぉ。今の君ってさぁ、『危機一髪』、『危急存亡』、『絶体絶命』って感じかねぇ?」

 

 彼女の顔は、笑ってはいなかった、しかし、心で笑ってる、単に言えば、馬鹿にされてる、というのが分かった。


「あぁ、そんな睨まないでぇねぇ? 怖い怖いぃ、蛙さんが蛇を睨んじゃねぇ……ダァメェ」


 左手に力が入る、空気が、意識が、無理やり持ってかれる。


「今の君の状態は、さっき言ったよねぇ? それが『九死一生』『十死一生』はたまた『万死一生』になるかは、君の行動に掛かってるよぉ? お〜けぇ〜ですかねぇ?」


 彼女は自分の右手で僕の左手を掴んだ、およそ手を繋ぐように優しく。


「肯定の意志ならぁ、手をぉ、二回握ってぇねぇ?否定の意志ならぁ、なんもしないでぇねぇ?まぁ、その時はぁ、意志が遺志になっちゃってぇ、君の体ぁ、石みたいに動かなくなっちゃうけどねぇ」


 目の前にいるのは


「因みにぃ、今の状態はぁねぇ、『一触即発』って感じかぁねぇ」


 鬼のような力を行使する少女。


「日本語ってぇ、おもろいねぇ」

 

 三石きこが其処にいた。



                                              〜続く〜

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