鬼『子』の眼にナミダを 弐
弐
民話に登場する悪い物
郷土信仰に登場する恐ろしい物
日本に伝わる、頭に角を持ち、紅や藍の肌をした頑強な巨人であり、伝説の生物。
それが鬼だった。
三石きこは鬼なのか?
いやはや、落ちつけ。民話だろ? おとぎ話だろ? 鬼なんて存在が、この世に存在する訳がないじゃないか。あれは光の屈折とか、破れた紙が頭に乗っかったってオチなんだよ。もしくはあれか? ななか辺りが三石きこを使って、僕へのドッキリサプライズとか、あの二人たまに話してたじゃないか――本当にたまに。
……OK。認めます。あれは光の屈折でも、三石きこのドジっ子アピールでも、ななかのサプライズでもない、僕は見たのだ、偶然にも、偶発的にも、事故といってもいい。
三石きこには、角が生えていた。
まるで、鬼のような。
二つの角が。
「これは、これは、お兄様」
三石きこの事を考えていると、不意に後ろから、男子諸君は人生に一度は言われてみたい呼称で呼びかけられた――いや、誰かは分かってるんだけどね。
「どうも、お兄様。純情、純粋、純真、純然、純良、純正、純潔、純毛毛布で至純、清純たる純国産の乙女、ななかです」
「お前、もっと普通に挨拶できないのかよ。しかも純毛毛布ってなんだよ」
「あら、お兄様、純毛毛布とは、羊毛、カシミア、アルパカ、キャメル、ビクーニャなどの獣毛を用いた毛布。の事ですわ」
「いやいや、純毛毛布の意味を聞いたんじゃないから」
「因みに、私的にはアルパカの毛布がお勧めですわ」
「人の話を聞いてよ! 複雑すぎるよ、お前の会話!」
「そんな『単純』な突っ込みしかできないお兄様が、どうしようもない程に、好きですわ」
ななかはそう言うと、本当に純粋な、嘘や戯言、不純なんて皆無の混じりっ気のない笑顔を向けた。
む……最初の言葉は聞かない事にして、この笑顔の時は、素直に、本心から話してるんだよな、言葉に詰まってしまう。
「アルパカの次に」
アルパカー! お前のランク付けはどこなんだー!? しかも、本心から言ってるんだ
ね!?
仙夕ななか。
同じクラスの女子生徒で幼馴染である。幼馴染といっても、ななかは小学三年に引っ越して高校一年の時に、こっちの戻って来たので、僕としては『幼馴染』というカテゴリーに入らないのだが、当の本人が言うのだから、仕方がない。
高校の入学式の時、全校生徒、特に男子の視線を釘付けにさせたのが彼女であった。
悔しい事に、可愛いのである、しかも、とびきりに。
絶世の美女。
入学当初は「ベスト・オブ・撫子」と言われるほど(この例えもどうかと思うが)の人気だったのだ、いや、今も人気は継続中か。
手入れのいきとどいた黒のロングのセンターパート、眼は色気のあるタレ目なのだが、黒眼は大きく、芯の強さを感じさせる。全体から落ちついた雰囲気を醸し出し、およそ同級生とは思えない、大人の色気もあるが、どことなく無垢な少女の可愛さも感じられる。
しかも、成績優秀、品行方正、運動もなんでもこなせる、完璧超人なのである。
まさしく大和撫子。
魅力的な、
いや、魅力しかない女性。
それが『仙夕ななか』なのである。
「そんな事より、お兄様、何かお悩みですか?アルパカみたいな顔が、もっと酷い顔になってますわよ」
「お前、僕の顔を、家畜動物と一緒にするなよ」
「あぁ! ごめんなさい……本当にごめんなさい……私は、私はなんて事を……なんて事を言ってしまったの……もう死んでしまいたい」
そう言うと、ななかは何度も、何度も、頭を下げた。いや、そこまで反省しなくても。しかも、目に涙浮かべてるし。今にも土下座しそうな勢いで頭下げてるよ。
「い、いや、そこまで謝らなくていいよ。反省してくれたならいいんだ。」
「はい? これはアルパカに対して謝ってるんですよ?」
「お前とアルパカに何があったんだ!? 何故そこまでアルパカに固執する!?」
「アルパカの、おまぬけな顔と、威嚇に臭い唾を使用する、という所に惹かれました」
「前者と後者、特にどっちに惹かれたんだ!? お前の好みに興味津津だよ、僕は!」 「後者です」
「しかも、そっちかー! 僕のお前に対するイメージが崩壊だよ! ってかお前に対する説明文が全部台無しだ!」
臭い唾を吹っ掛けられて喜ぶ大和撫子って……
「まぁ、ご冗談はこれくらいに致しまして、お兄様、なにかお悩み事ですか?」
「ん? あぁ、ちょっとね」
「日本男児らしくない、曖昧な物言いですね、もっとハッキリと、正々堂々に、お悩みなさってはいかが!?」
「お前は『悩み』という言葉を辞書で調べてこい。……まぁ、悩みって事でもないんだけど」
同じクラスの女子が実は鬼だったんだ、なんて言えない。唐突過ぎるし、飛躍しすぎてる、っというか話題がぶっ飛びすぎてる…こいつなら信じそうだけど。
「三石って……三石きこと、お前ってさ、たまに話してるよな? どんな会話するんだ?」
「あら」
そう言うと、ななかは怪訝そうな顔した後、「そうでございますか」と言って、厭らしく笑った。
「お前の考えてるような事は、一切ないぞ」
「あら、そうでございますか。お兄様も『恋』をするお年になったと、喜んでましたのに」
「『恋』なんて生まれてから、ずっとしてるさ。してない時の方が、少ないよ」
「あらあら、お似合いにならない臭い台詞を、ぬけしゃあしゃあと」
「誰だって、そんなもんだって」
その後、ななかは、小さな声で、何か言ったと思ったのだが、聞こえなかった。
「きこさんの事ですね、そうですねぇ……内容的には、本当『普通』ですわよ。明日テストのヤマ予想の教え合い、とか、課題のノート貸して、とか」
まぁ、それは予想通り、というか、事前調べ通りか。ななかも、それくらいの会話しかしてないって事か。
「それと、恋愛話とか」
意外な答えだった。いや、この年頃の女子高生からしたら、至極当然なのだが、僕には、三石と、ななかが、二人で恋愛話に花を咲かせてる絵面が想像できなかった。
「へぇ、どんな内容なんだ?」
「そんな事、殿方の教えれる訳ないでございましょ?」
確かに。しかし、気になるぞ。単純に僕は、知りたかった、ななかと三石の恋愛話を。
「まぁ、あれですわ。その会話だって、現代の女子高生が話すような、普通に、当前で、常識的な、故に不変的過ぎる内容ですわ」
情報無しか、まぁ予想はしてた事さ。まだ、方法はある。
「そうか、ごめんな、変な事聞いて」
「いえいえ、お兄様が変なのは、今に始まった事でもありませんし」
「後の言葉は、聞かなかったことにする」
そう言って、ななかと別れようとした時、もう一つ聞いておきたい事があったのを、思い出した。
「おい、ななか」
「はぁい?」
「お前にとって、三石きこは、『友達』か?」
少しの静寂の後、ななかは、笑顔で言った
「さぁ?」
これも予想通りの返答だった
〜続く〜