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鬼『子』の眼にナミダを 拾伍

拾伍


「それでは三石さん。革命の続きを致しましょう」

 

 ななかは座っている三石きこに向けて告げた。その矮小で仰々しい言い振りは変わらず。だから当然に、だから断然と『革命の続きを行う』と。

 その言葉を聞いた三石きこは陶然とした表情で、されど憎々しい表情で三石を見つめている。

 僕には、その表情に意図が図りかねるのだが、ななかはそうではなかったらしい。その顔を見て、ななかは本当に嬉しそうに――。


「やっとですわね」


 そう言った。それは誰に言うでもなく、突き抜けた廃病院の天井、淡い夜空に向けて独り言のように呟いた。これが絵になるものだから、僕は見惚れてしまう。まるで美術館にある有名な絵画のように綺麗で儚いのだ。

 その独り言に対して異見、はたまた罵倒を言うと思ったのだが、三石きこは無言のまま、ななかを睨みつけている。どうしてだろう? 車の中での三石とななかの罵り合いときたら、男性が女性不振に陥りそうな程に酷く酷い会話だったのに……。


「ふふっ。何も言えませんか? 何も言えませんよね。その顔を見る為に、この廃病院に連れて来て、貴女みたいな独りよがりを唱えて、お兄様を罵倒してきたのですわ」


 いや。罵倒はいつもの事だろう。とツッコミたかったが、ななかは本当に嬉しそうな表情で言うものだから僕は自重した。いや、自重せざるえなかった。

 そこで、やっと三石は堅く閉ざした口(追加で述べるなら可愛いアヒル唇)を開き――。

「……何がさ」

「『何がさ』ですか。はっ! まだそんな事を仰いますか? まるでなってませんわね。マクドナルドでシナシナなフライドポテトを出された時並になってませんわ! ねぇ。お兄様?」


 そこで僕に話を振りますか。その例えは些か……っというか、全然なってないのだが。だから僕は言ってやった。


「ななか。お前の口ぶりはいつも無駄に長い。無理やり紆余曲折させて、罵詈雑言、悪口雑言を吐き散らしたいだけに思うのだけど。それにだ。その例えより、ケンタッキーで最も美味しい皮の部分が自分のだけすごく小さかった時並になってない。の方が納得できるよ」

「まぁ。そんな事は置いときまして」

「…………」

 間髪入れず話しを戻しやがったよ。っというかそう思わないのか? 国民だれもがこの一場面に出くわしたら、なってない。と感じてしまうのではないだろうか。

「まぁ。そんな皮は捨てときまして」

「間違ってもいないのに言い直したな!? 全国のケンタッキーフライドチキンの皮の部分ファンに謝れ!」

 

 

「そう。『やっと』なのですわ、三石さん」

「だからなにがさ? 愛しのお兄様に『可愛い』なんて言われて御満悦なのかねぇ。学園のアイドルもナカナカ乙女な所を見せてくれるねぇ。――気持ち悪い」

 そう吐き捨て、ワザとらしく両手を左右に広げ、頭を横に振った。喋り方も最初の時のような人を馬鹿にするような喋り方で。

 それを見て、またななかも顔を厭らしく歪めて――。


「嫉妬」

 

 と一言。その言葉を聞いて三石きこは顔を赤らめ、ソファから立ちあがった。

「はっ!? ふざけないでほしいね! なんできこが、こんな家畜動物みたいな、人間の駄目なパーツだけを組み込んだような男で嫉妬しなきゃいけないんかね!」 

 ひでぇ。当の本人の前でそこまで言いますか。……しかしだ。しかし、もし間違いなら、ここまで全力で、鬼気迫る程に否定はしないだろう。三石きこなら、きっと鼻で笑って流すはずだ。

「いえいえ、これは『嫉妬』ですわ。三石さん。貴女は純粋なまでに『嫉妬』してますわ。可愛いですわね。――あらやだ。私、同性愛者の気持ちが少しばかり理解しちゃいましたわ」

「ふ、ふざけるな! だから、どうしてきこが、あの男で嫉妬しなきゃイケナイんかね!?」

「だからですね――」

 ななかもきこと同じように立ちあがった。身長差からななかが三石きこを見下ろす感じになっているのだが、それはもう『見下ろす(みおろす)』というより『見下す(みくだす)』と言った方が正しいのかもしれない。――それは絶対勝者の立ち位置のように。


「三石さん。貴女、私の『愛』に嫉妬しちゃいましたわね」


 そこには勝者の顔が在った。余裕を見せ、余裕を魅せて堂々とななかは言った。

 それに対して三石きこは「うー……!」っと唸りながら、一歩後ろに後ずさる。それは生まれて日の浅い野良犬が威嚇をしているように視えた。


「それはそうですわよね。嫉妬しちゃって当然。だって存在しない人間に恋なさってるんですから。不実な恋を貫いてる所に、目の前で存在してる二人が愛を語ってるんですものね」

 

 その言葉に三石きこは目をキッと細めを一歩前に出る。但し、それは前に僕にした時のようにではなく、今にも崩れそうな最後の砦を意地でも守ろうとしてるように。


「たたらは! たたらはきこの在り方を唯一認めてくれたんだ。たたらが居てくれたから、きこは友達もできた。たたらが聞いてくれたから言葉も覚えれた。きこにはたたらが必要なんだ! たたらが存在しなきゃきこは……」



「存在してる意味なんてないよ……」


 その時、何故三石きこが鬼になったのか、鬼になり下がったのかが分かった。

 彼女は賢く臆病な子、だから自殺なんて出来なかったのだ。しかし、言果たたらのいない世界では自分の在り方、存在の意味、生きる意味を見いだせなかった――それは『人間』という存在を全て否定していると等しい。だから神様に、神様という人間

外の存在に願って、縋って、請うた。


 ――生きる意味を返して。と。


 正しく最後の要、神頼み。それは一方的な押し付けで確約されない確約。しかし、その頼みは成就されたのだ。それが少し、三石きこの願った願いとはズレて……。

 神様なんて存在は本当に曖昧なんだ。いるかいないか? と聞かれれば、僕は曖昧な返事を返すだろう。だって、いるにしてもいないにしても、この世界は僕等『人間』にとって不誠実だと思うから。確実に存在してるとは言えない。だけど、存在してないと言ってしまうのは寂しい。――僕等は本当に弱いのだ。

 しかし、神様は存在したのだ。だから、三石きこの願いはズレながらも叶った。その曖昧な存在は確定された。だけど、だからといって人間と神様との関係が確実たるものになったかは、また別の問題。

 人間と神様の関係は曖昧なのだ。どちらが上で、どちらが下で。どちらが最初で、どちらが後で。そんな曖昧な関係での制約。そして三石きこは生きる意味を返してもらった。


 それは『人間としての生きる意味』ではなく『人間外としての生きる意味』。

 

 鬼という僕等、人間側での物語の存在、伝奇の生物として。

 神様、貴方を恨むよ。架空でも不誠実なら僕等『人間』はどこに、誰に縋ればいいんだ。


「幼稚な発言ですわね」


 その一言は冷めていた。三石きこの切実な訴えを聞いて尚、その言葉が出てきた事に僕は絶句した。それは余りじゃないか。だから、僕は立ち上がり、ななかに向けて――。


「おい! なんだよ、その言い方は。お前には血も涙もないのか!? お前こそ鬼じゃないか!」

「……いいえ。私は人間です。鬼は其方の方ですわ、お兄様」

「だからって……だからって言い方とかもあるだろ?」

「だったらどう言えと? 私が優しく介抱すれば、三石さんは満足できるのですか?」

「違う! 違うけど……」


 確かに、ななかの言ってる事は正しい。けど、今の言い方はあんまりだ。だって僕等『人間』には言葉では言い表せない程にどうしようもない時があるのに。しかも、三石きこに関しては……。

 ななかと僕は顔を近づけて睨み合っていると、ななかは不意に三石きこに顔を向けて言った。


「三石さん。貴女は言果たたらさんという方を生き返らせてほしくて、神に願ったんですわよね」

 その言葉に三石きこは顔上げ、小さく頷く。ななかはそれを見て、少し悲しそうな顔した。そして言葉を続ける。

「そうですか……。そうですよね、それならば納得しましたわ。貴女が『鬼』になり下がった事も」

「……どういう事?」

「だって、その願いは元から叶う事なんてなかったんですもの」


 その言葉に三石きこは小さく「えっ?」とこぼして、目を丸くした。今からななかの台詞を事実を真実を僕は知っている。だからこそ少しでも三石きこの心を壊したくなくて、あぐねいていたのに。

 僕がななかに対して、言葉を発しようとしたのだが、その前にななかが目の前に手を突き出して制止させる。


「三石さんの生きる意味は言果たたらさんでした。だから、神様も叶えられなかった、という意味です」

「だ……だから、どういう意味なの?」

「だからですね――」



「言果たたら、という人間はこの世に存在してなかったのですわ」

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