鬼『子』の眼にナミダを 拾肆
拾肆
会話というには一方的で、独断的で、偏見的で、さながらナチスドイツの掌握的意見を押し付ける様な、その語りに僕は聞き入っていた。
愛の為の戦争だと?
愛の為の革命だと?
それは高校生が言う台詞にしては、浅はか過ぎて、なにより仰々し過ぎるのではないだろうか? と感じたが、当の本人、仙夕ななか、自嘲する事なく、自重する事なく、三石きこに言い放った。
僕は三石きこ本人ではないので、彼女がななかの話しを、どこまで、どのように、何を感じ、そして考えたのかなんて詳細には分からないが、一つだけ分かる事がある。
三石きこも、僕と同様に聞き入っていた事。
それは、三石がななかの話してる最中に、一言も発しなかったという理由もあるのだが、それ以上に――それ以外に何もなく。
力があるのだ。
ななかの一語、一語には力があった。
ななかの一句、一句には魅力があった。
確かに、相手を聞き入らせる会話のテクニックというのは、世間でも随筆文として一般的に販売されて、容易に<真似る>事はできる。
しかし、それだけじゃない――いや、それがないのだ。
継ぎ接ぎで、滅茶苦茶の会話。
他者の考えなんて一切合切おかまいなしの会話。
自分による、自分の為の、自分しかない会話。
会話というには不完全過ぎる会話。
それなのに――いや、だからこそ。
仙夕ななかの言葉だからこそ、魅力のみで構成された戯言紛いの会話だからこそ、押しつける様な擦り付ける様な会話だからこそ――魅了されていた。
というか僕、とてつもなく唐突に告白されてませんでしたか? 確かに嬉しいといいますか、有り難いといいますか、とにかく感謝の気持ちを出すべきだと思うのだが……。
この場面で、そんな事を言われても、嬉しいと言うよりは<憂しい>って感じだし、有り難いというよりは<度し難い>って感じなのですが…………?
いやいや、ななかからしたら、それが原因で、ここまでの大袈裟な行動に出たんだから、それはつまり必然な訳で……。
あれ。という事は、僕が原因なのではないだろうか? ってか僕が原因じゃないか。
僕の安易な――言い訳をさせてもらえれば、自分では安易な考えではないと思ってたのだが――とにかく、僕の言動が、行動が、仙夕ななかをここまでの所業を振る舞わせる原因になってしまったのか。
「違いますわ。お兄様」
ななかは、そう言い放った。というかお前、なんで僕の心の葛藤にまで突っ込みを出来るんだ!? さながら意思の疎通が出来るように。
「確かに、お兄様の言動や行動に、“因”がないと言ったら嘘になりますが、所詮は鯨偶蹄目ラクダ亜目ラクダ科にそっくりな面した男の戯言、私にとっては、そんなモノはたかだが遠因にしかなりませんわ。ゴミ以下ですわ」
こいつ、僕の事好きなんだよな……?
「だから先程も言いましたよね? 三石さんは“私の愛を犠牲にしようとした”のですわ。その一点のみ。それ以外の原因も、要因も、サッパリもってパッカリ割ってバッサリ掻っ捌いても、何処をどう探してもありませんわ」
「いや、だから、そのあ……あい、あ……愛してる対象が、ぼ、僕なんだろ?」
「その通りですわ。私、仙夕ななかは愛しておりますわ。お兄様を。」
そう言いながら、ななかはウィンクをしてみせた(これがまた似合う)。
いや、その……有り難いんだけど、そう面と向かって言うなよ。すんごい恥ずかしいじゃないか……。
「だから、その僕が『三石を助ける』って言っちまったから、お前は――」
「勘違いなさらないで」
その一言に、僕は言葉を停めた。その、感情という“熱”をはち切れんばかりに詰め込んでるのに――どこまでも、果てなく冷たい一言に。
「勘違いなさらないでくださいませんか? 例え貴方でも、言って良い事と悪い事がありますの」
その美しい顔からは、到底想像できない程に、冷淡で、冷血で、冷艶で、冷却で、冷酷な目つきで僕を冷笑しながら……ななかはそう言った。
「“助ける”とは貴方の言葉でございましょ? 私はその言葉に、心意気になんの感動も、ましてや解釈なんてしておりませんのよ。私が……私だけの感情が勘定無しに垣根無く“嫉妬”した。――と仰いましたよね?」
なにより、いつもは“お兄様”と嘲るように呼んでいるのに、今は――。
“貴方”と言った。
「それを貴方は、なんと理解したのか……“自分のせい”なんてほざきやがりますか。それは優しさでございますか? それとも憐み? 同情? はっ! お笑い草ですわね! 」
そう言いながら、ななかは髪を掻き上げた。本当に僕を馬鹿にするような――憎しみとか卑下とか憐みとか……そんなモノが一切皆無の、混じりっ気なく僕を馬鹿にするような顔で――。
初めて言われたかもしれない。いや、確かに“貴方”と言われるのに慣れていない訳でもないし、逆に“お兄様”なんて言う方が可笑しいのだけど……正直に言うなら――。
「いいですか? この感情は……この〈怒り〉は、この〈嘆き〉は、この〈嫉妬〉は私のモノなのですわ。貴方が介入する事なんて、まったく無理なのです。だから……ねぇ? お兄様。私の愛しいお兄様……?」
“寂しさ”を感じた。
「手前の感情を押し付けるな。擦り付けるな。――遺憾だ」
女性に対して、素直な、実直な、愚直な“恐怖”を再び体感した。血脈が凍り付くとか、心肺機能が停止するとか、そんな身体的な恐怖ではなく、もっと人間の根本的な“なにか”が怯え、寒け、恐れるのを僕は感じた。
あぁ、そうか……これが『仙夕ななか』なのだ。
“自分のモノ”をどこまでも、執拗に執着するのが彼女だ。
“自分のモノ”をどこまでも、永遠に愛でるのが彼女だ。
“自分のモノ”に傷が付くものなら、身を呈して全力で守るのが彼女だ。
“自分のモノ”を傷付ける相手を、何度でも――何度なんて無い程に突き続けるのが彼女だ。
“自分のモノ”に対する矛盾も不純も――全てを肯定するのが彼女だ。
初めて知った……初めて? いや、違う。僕は知っていたんだ。ずっと昔から。ほんの昔から。
彼女が“そういう女性”だという事を忘れていただけなんだ。
だから、次に出る僕の言葉は“当り前”の事だと、自覚している。
その凄惨な笑顔をする仙夕ななかに対して、僕は唇を歪めて、彼女の瞳のみを見つめて……言った。
「可愛過ぎるぞ。仙夕ななか」
その言葉に仙夕ななかは、目を満月のように丸くした後、この世界に溶けてしまう程の恍惚な表情を浮かべて――。
「そんな事、全世界が周知している事ですが……お兄様に言われると、特別に格別で絶品な響きですわ」
冗談混じりで本気混じり。
嘘だらけで真実だらけ。
大なり小なり。
矮小で仰々しい。
愛のみで愛のみ。
そんな彼女……仙夕ななかを、僕は久方ぶりに真正面から見つめ、受け止めた。
~続く~