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鬼『子』の眼にナミダを 拾弐

拾弐


 先にも言ったように、僕は、この物語の語り部を担っている。

 準備を行う事を出来ず、順序を把握する事も叶わず。突然に、唐突に請け負わされた『代役』。


 そう。『代役』だ。


 僕なんかよりもっと上手に、もっと的確に、もっと人道に物語の道筋を、終焉を迎えれる人はいたと思う。

 『運が悪かった』なんて簡単な言葉で終わらせてしまえば、それまでだろう。

 ――しかし、『運が悪かった』のは本当に僕なのか? 

 

 僕だけが『運が悪かった』のだろうか? 


 齢十七歳の女に首の振り一本で、こき使われている運転手も然り。

 店を壊され、挙句の果てに時代錯誤な脅しを突きつけられた店員も然り。 

 僕が外出する為に夕食の準備をしなければならなくなった、ほがらかも然り。

 

 みんながみんな、『運が悪かった』のかもしれない。

 

 だがしかし、もっとも『運が悪かった』のは……。

 こんな事に優劣を付けるのも、痴がましい事なのだが……。

 恐らく。いや、きっと。


 三石きこ本人だったのだろう。


 もっと詳しく言うなら――。


 僕に秘密を見られたが為に、『仙夕ななか』に目を点けられた三石きこ。


多分、その時点で最良からも最善からも最安からも見捨てられたのかもしれない。




 只今の時刻、十九時二十分。車に揺られて早二時間。

 僕等は廃墟に居た。

 詳しく言うなら、廃病院。

 事細かに言うなら、二年前に潰れた僕の住む街から少し離れた廃病院。


 何故そんな所にいるのかというと、正直、僕にも分らない。だって教えてくれなかったんだもん。

 僕が「何処に行くのか」と聞いても、ななかは「素敵に不適な場所ですわ」なんて意味の分からない事を言って、会話を終わらせてしまう始末。

 何時もの素敵な笑顔に不適切な発言は何処に行ったのやら……。な状態で寂しさと、恐怖と、ちょっとの期待感を心に秘めながら車に揺られてドンブラコ。で今に至る、という訳。

 

 おっと。これでは僕がななかの卑猥な発言も、罵倒な発言も楽しみにしているみたいじゃないか。

 断じて違います。僕はどちらかといったら亭主関白なのだ。女性には大和撫子宜しく、一歩後ろを歩く心意気で付いて来て欲しいし、僕が帰ってくるまでは夕食は食べたらイケナイし、僕より先に寝てはイケナイし、僕より後に起きてもイケナイと思っているのだ。

 その証拠に、十歳の頃にさだまさしの『関白宣言』を聞いて涙を流す、という快挙にまで成し遂げたのだ。十歳でこの快挙を成し遂げた男といったら、この世で僕くらいなモノだ。将来、就職の時に自己アピール欄に堂々と書いてやろう、とも思っている。

 

 その事を、妹のほがらかに自慢げに話したら、「へぇ……ってかウザイ、キモイ、臭い、惨い、酷い、鬼畜」と宣言され、涙を流したのも良い思い出だ。

 

 話しが逸れた。

 廃病院である。しかし、先にも述べたように、ここは僕の住む街の廃病院であって、三石きこと関係のある廃病院ではない。だからといって、何も考えずに、この場所を選んだとは思えない……。いや、ななかならあり得るのか?


 僕が当事者――つまり、三石きこの立ち位置なら、違う場所とはいえトラウマのある場所だ。

 トラウマ――そんな言葉では言い表せない程の場所。

 その証拠に、三石は、ずっと眉間に皺を寄せていた――苦虫を噛むような表情と言えばいいのだろうか。とにかく、居た堪れないというような表情で僕の後ろを付いて来ている。

 

 しかし、不思議な事がある。 

 

 何故、三石きこはついて来ているのか? という事だ。

 

 その力は、正しく鬼のように力強く、この一介の高校生二人(プラス運転手)なら、有無を言わさず黙らせれた筈だ。

 

 暴力に暴力を上塗りし。

 堕落に堕落を叩きつけ。

 陵辱に陵辱を押し付ける。


 それを出来る力を持ち、行使出来る筈なのに、何故行わなかったのか? こんな誘拐紛いの……いや、これは完全に誘拐だな。そんな事をされても、三石は車の中でも剣呑な表情でコチラを睨みつけながらも、暴力に打って出る事はなかった。口を固め、眉を寄せ、僕をずっと睨みつけていた……何故、僕なんだ。

 

 いや、僕、今日は本当に話をする為だけに来ただけだから。そんなテーブルで貴女の頭、カチ割ろうなんて思ってませんでしたから。 そんな目で僕を睨まないでください! その視線が痛いです! その視線をご褒美に出来る程、僕は人間できてませんから! ……なんて思いながら、僕は車に乗っていた。

 

 しかしだ。しかし、僕だけを睨んでいた。つまり、最初の会話以外、ななかには一度たりとも、視線を合せていないのである。ましてや会話なんてある筈もない。

 

 無意識ではなく意識に。

 過失ではなく故意に。

 偶然ではなく必然に。

 

 ななかとの全ての関わりを拒む様に。


 ななかが言葉を話すと、それが現実になるのではないか? とか、ななかの左目を見ると、どんな命令も聞いてしまうのではないのか? と、言霊遣い宜しく、ゼロ様万歳、な事は思わなかったが――しかし、今になると妙である。



 そんな事を考えながら歩いてるのは、廃病院の廊下。

 ――思った以上にに綺麗だな。僕の勝手な想像だけど、もう足場はボロボロで、歩く場所を間違えると崩れたり、鼠とか、今まで見た時のない虫とかがウヨウヨいるのかと思っていたが……。

 確かに足場は綺麗とは言い難いが、それも許容範囲の、安全が確保できる程で、そこまで壊れてない。鼠の足音も聞こえないし、虫だって、精々、蜘蛛の糸が張ってあるくらいなものだ。

 流石に、電気まで通ってなかったが、ななかが大型の懐中電灯を持ってきていたので解決済み。

 

 しかし、そんな綺麗な、言ってしまえば肩すかしな場所だったが、いや、だからこそ、『ここには長くいたくない』と感じた。なんと言葉で表せばいいのか、自分の文才の無さを悔やむばかりだが……素直に、単純に、明快に。


 ――怖い。


 そう思った。明かりが無い、というのも理由としてはあるのだろうと思う。しかし、なによりも――。


 『人がいない』、というのが怖かった。


 歩く足音が異様なまで響く廊下。

 自分の心臓の鼓動が鮮明に聞こえるほどの静けさ。

 ライトの明かりだけを頼りに進む程の視界の悪さ。

 人が沢山いた筈の場所。


 独りぼっち――孤独。


 三石は小さい時から、こんな感覚をずっと感じてきたのだろうか。



 少し歩くと、少し広い場所にでた――多分、簡易待合室だろう。その証拠に、病院では絶対に有る、座り心地の悪そうな一脚につき四繋がりのソファが二つ、対面式に並べられていた。

 そこでやっと、ななかは「どうぞ、コチラにお座り下さい」と指を指した。それに従うように、僕と三石は右側のソファに座り(この時、席を二つ空けられたのは言うまでもない)、ななかは、反対側の三石の真正面に座った。その時、埃が舞うのではないか、と懸念したが、微分にも舞う事はなかった――ななかが事前に掃除でもしていたのだろうか、それはそれで笑える風景だ。


 少しの沈黙、本当に少しの沈黙の後――ななかが組んだ足を左右入れ変えた後に、口を開く。


 厭らしい笑顔なんてモノではなく、妖艶な顔で三石を見つめながら――。

 

 一度、舌で自分の口を舐めまわして――。


 今のこの現状を楽しむ様に話しだした。 



「私はね、キコさん。結局のところ、当前のところ、心の芯の髄から、貴女がどうなろうと知ったことではないのですわ。」




                                             ~続く~ 

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