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鬼『子』の眼にナミダを 拾壱

拾壱


 『ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋だよ』

 

 これは知る人ぞ知るシェークスピアの格言なのだが、この格言を初めて聞いた時、いささか疑問を覚えた――性格に云うなら異論を唱えたいと思った。

 しかし、残念な事に当の本人は、もう亡くなられてるので唱える事は叶わない。さして故人の、ましてや古人の有り難いお言葉を、齢十七のヒヨッ子が、人生のなんたるかを毛ほどに知らない若輩者が、異見するなんて控えるべきだが……

 

 言わずもがな僕は『人間』だ。

 

 平凡でありながらも『人間』だ。

 単調でありながらも『人間』だ。

 大衆でありながらも『人間』だ。


 十七年という短い人生ながらも、僕は僕なりの意思に従い、その意思を否定されて、その意思を嘲られ、その意思で傷付け、時にはその意思を肯定されて生きてきた。

 その逆も然り――他者の意思を否定し、他者の意思を嘲り、他者の意思に傷つけられ、他者の意思を肯定して生きてきた。

 だからシェークスピア様――いや、ここは敬愛と哀悼と愛悼を込めて言わせて頂きたい。

 

「愛なんて積極的な意思を『ほどほど』にできる程、人間は器用じゃない」


 

 

 その後の自称幼けな美女、ななかの行動は迅速だった。

 案の定、すぐに店員が駆け付けたのだが、ななかが自分の苗字を口にするなり店員は齢十七歳の少女に何度も頭を下げていた。

 僕。というかその惨状から少し距離を置いて二人は話していたので、その会話の内容を事細かには聞けなかったのだが、微かに聞こえる店員の声から、「妻も子もいるんです」とか「マグロ漁船だけは」など、はたまた「こ、コンクリー……ト…………」なんて、時代錯誤というか現実錯誤な発言が聞こえてきたが――それは気のせいだろう。

 ははっ。まったく僕もどうにかしている。最近、鬼なんて非現実的なモノに関わっているから耳までオカシクなってるようだ。

 さしてこの田舎で湾なんてある筈もなく、漁船の停まるような港もある訳がない。精々、スワンボートが浮かぶ湖しかないじゃないか。

 コンクリートは、きっとこの店の修繕費の請求だろう。いやはや店員さん正論です。喫茶店という心安らぐ場所、破損箇所なんてあったらお客様も気分を害してしまいますもんね。感服致しました、感涙させて頂きました、今後も、この喫茶店を有り難く使わせて頂きます。

 

…………ななかって何者だよ。


「あら、お兄様。何度も言わせていただきますが、純情、純粋、純真、純然、純良、純正、純潔で至純、清純たる純国産の乙女、ですわ」

 ……あの会話を耳にした後だと、その発言は意味を成さないよ。全ての言葉の最初に『不』と付けてもらいたいね。

「不純情、不純粋、不純真、不純然、不純良、不純正、不純潔で不至純、不清純たる不純国産の乙女、仙夕ななかです☆」

「何故『☆』を付けた!? 可愛さアピールしたって『不』ついてる時点で意味を成さないぞ!」

「乙女が可愛さアピールして、どこが悪いんですか!」

 なんて逆ギレだ……てかなんという無駄ギレだ。

 しかしまぁ女性が可愛さをアピールするって所は正論だよな……いやいや正論ではあるが、その『論』すべき観点が外れているじゃないか。

「しかしお兄様、この輸入国家の日本で不純国産なんて言葉頂けませんわね。今、現在の日本を敵に回すのはよろしいですが、自分の器を測り直した方が宜しいですよ」

「まさか国家レベルで僕の人間を否定されるとは思わなかったよ。しかも、敵に回すのはいいのかよ」

「敵と言いますか、日本全体が共通の意思を共有できる存在、事柄があれば、きっと日本は少なからず良い方向を歩みますわ。その為なら私が敢えて敵になっても構いませんわよ」 

「うわ、『敢えて』と付ける事で自分のそぐわない意思って事をアピールさせながらもカッコ良さもアピールしてる!」

「ふふふ。今宵も私の右目が日本の明るい明日を欲してる……!」

「……」 

 なんて、王道展開な日本の未来だ。王道漫画みたいに日本にも救世主が現れる事を僕は望んでます。

「敵とは言いすぎましたわ、失言です。流石の私も日本全体を敵に回したら五割二分で敗戦を記してしまいますし」

「ナカナカの勝率だよ、それ」

「いえ、反省します。こんな失言は禁止すべきですわ……あ、略して言うなら『失禁』ですわね、お兄様?」

「思い出したようにいうなよ! そして共感を求めるなよ!」

「とか言いながら、お兄様が、私の卑猥な言動を期待してるのはもう露顕されてますわ」

「いやいや、期待してないから……期待裏切ってばかりだから、お前」

「ふふふ。今宵もお兄様の右脳が卑猥な妄想を欲してる…………!」

 

 欲してません。この女自由過ぎるぞ。コイツの人生はエロスと路肩で構成されてるのではないだろうか?



 しかしながら、日本の明日を語る高校生というのも素晴らしいのだが、今の僕には日本の明日より、自分の明日を考えなければならない。要は日本の敵ではなく、自分の敵――つまり三石きこの対処方法、処世方法を考え、それを解決しなければならない。

 話を戻すと、あの後、気絶した三石を担ぎ三人で喫茶店を出ると、其処には黒の車、付け加えるなら窓にスモークの掛かった黒の車が待機していて、ななかが「お乗りください」なんて言うから三人で車に乗った――あぁ、やっぱ時代錯誤もいいところだ。

 そして現在、その車の中である。出発前にななかが運転手に何か指示を出し、それを聞き終えると軽快に車は動き出した。後部座席の左右に僕とななかが座り、真ん中に現在絶賛気絶中の三石を座らせながら、前述の会話だ。

 いやはや、三石が気絶してくれてて良かった。やはり、あんな会話を同世代の女性には聞かせたくないしね。しかも、同じクラスの女子生徒となれば、今後の付き合いも考えなければならなくなる――三石と僕に『今後』があればの話だが……。


「いや……起きてるんだけどねぇ」

「ぶっ!」

 そう言いながら、三石は僕の方をゆっくり振り向く、学校で見せてた人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、眼は僕の顔一点を睨みつけ、今すぐにでも咬み付いてきそうだった。まるで獰猛な野犬のような、トイプードル要素なんて皆無――言うなれば鬼気迫る威圧感を曝け出しながら――鼻にティッシュを詰めながら……ダメだ。今からシリアス展開に入るはずだ。ここで笑ったらイケナイ。落ち着くんだ、クールになれ。そうだ、素数を数えるんだ。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、三石はその鼻に詰めたティッシュを勢い良く鼻息で僕に飛ばしてきた……………………我慢できなかった。

 大爆笑。腹を抱えて、腹を捩らせて笑った。息もできない程に笑った。しかもよく見たら詰めたティッシュのサイズが、三石の鼻の穴のサイズの倍以上のサイズだったので鼻も真っ赤だ。いや、女性に対して失礼なのだろうが、面白いものは面白い。やっと笑い終え、息を整えた後に僕は三石に言い放った。

「なにをするだぁー!」

 分かる人には分かるよね、これ? 時を巻き戻す能力があるなら今こそ使いたい。そう言うと、三石は憎々しげに此方を睨みつけながら言い放った。

「こっちが、なにをするだぁー! だよね。 ふざけるな! 華の女子高生に鼻血出させといて、笑うなんて最低だよね!」

 いやぁ……笑ったのは謝るけど、鼻血を出させた犯人は僕じゃないから。どっちかって言ったら僕も被害者な訳ですよ。こんなご都合主義というか、ご不幸趣旨というか……。

 そんな僕の悲しみにも三石は慈しみの心を微々も出さずにこっちを睨み続けている。

 すると、先刻のように三石の後頭部から手が視えた。これまた先刻のように、その手は僕に向けて一回ピース……はせず、その代りに中指を立てた。

 その手は、またまた先刻のように三石の髪を鷲掴みにして、自分の方に勢い良く、勢いに任せて、勢いなんて無視して――引いた、弾いた、轢いた。

 突然の事で、三石は「はみゅんっ!?」なんて奇声を発しながら、その勢いに任せられ、後ろに頭を仰け反らされた。(この時、僕は録音機器を買おう、と心に強く決めたのは云うまでもない)

 そして、その仰け反らされた場所には――腿。そう、簡潔に言えば、カップルの甘いひとときのスペシャル行事――膝枕の状態になっていた。

 無理やりにそんな状態させた張本人は開口一番に嘲るよう言った。


「あらあら、発情した雌犬には、まだまだ血抜きが足りなかったみたいですね。」

 仙夕ななかはそう言うと、前に僕が三石にされたように顔を近づけた。

 それは、カップルがキスをする程の距離。

 後、一センチでも顔が動けば、唇が重なる程の距離。


「それともあれかしら? 貴女が鬼になる切っ掛けって『発情』なのかしらね? そう考えると鬼の角も艶美な代物に見えますわね」

 そう言うと、長い艶やかな髪をかき上げながら、本当に楽しそうに笑った。そして三石が口を開く。

「黙れよ、忠犬ハチ公。アンタこそ無駄に色気ブンブン散りばめて、何様のつもり? 避妊手術はお済みなのかねぇ」

「あら、毒抜きも必要みたいですわね。」

「抜き抜き五月蠅いんだよねぇ。他のモノでも抜いてろ」 

 

 止めてください。純粋素朴な男子高校生が抱く女性への淡く、清い夢を駆逐するような会話はお願いだから止めてください!

 しかし、この状態はなんというか……いや、口には出すまい。美女二人が、そんな接吻する程にまで顔を近づけて卑猥な単語を並べた会話をしてるなんて……悶えてしまうじゃないか。なんて言うまい…………あっ。


 兎にも角にも美女二人の邂逅、そして対抗が行われているのは狭い車の中――よく考えれば、僕はこの車の行先をまだ把握してないじゃないか。そう思っても、今のこの現状、この二人に話を振る事などできる訳もなく、救いを求めるように運転手の顔をバックミラー越しに見つめていると、その運転手は後ろで展開される百合的展開を見つめながら御満悦な顔だった……運転手さん、前、見てください。

 

 そして車は、運転手の気持ちと相まるように速度を上げた。


 次回は血で血を洗う、ある意味胸がドキドキな濡場が展開される事を僕は確信した。



                                              ~続く~

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