7.猫アラート
「いやーあの状況でよく助かったにゃ」
開口一番に黒猫はそう言いました。
私は横たわっていたのを起き上がって、モルペウスの方へゆっくりと振り返ります。
「でもまさか、あの超有名な『手を繋いだら即デッドエンド』を知らない人が転生してくるとはにゃ」
「モルペウス、いらっしゃい」
私は笑顔で膝を叩いて猫呼びました。
猫は撫でてくれるのかとスキップしながら私の膝の上になります。
「ええ、無事バッドエンド回避できて本当によかった……わけねぇえええだろうがぁああ!!?」
「いたたたた!! ヒゲは!! ヒゲはやめるにゃ!?」
案外ちぎれませんのね。なんて頑丈なヒゲでしょう。
「代わりに弟に殺されたぞ!? デッドエンドだよ!! 回避できてねぇよ!!?
それになんだ、あのわけわからんエンドは!? 攻略キャラが登場して一分で死んだんだけど!?」
「待つにゃ! ここに来られたってことはまだメアリは死んでないにゃ! いつも通り気絶してるだけにゃ」
あの状況でも死なずに生きているなんてメアリ・ハドソンはゴキブリ並みの生命力だわ。
「嘘言ってんじゃないわよ、テトに物理的に心臓を打ち砕かれたわよ!」
「嘘じゃないにゃ! ここは君の夢の中にゃ、主人の君が死んだらここはそもそも存在しないにゃ」
たしかに、言ってることの筋は通ってるわね。
仕方ないわ、ヒゲを引っ張る力を少しだけ弱めてあげるわ。
「そ、それに言ったはずにゃ! 初見殺しのバッドエンドだらけのゲームにゃって!」
「て、本当に殺してんじゃないわよ!?」
普通乙女ゲームって攻略対象全員とすれ違い程度で出会って、そこから絞っていくんじゃないの?
キャラ選択もさせずに退場していいわけ?
いや、乙女ゲームやったことないからよく知らないんだけどね!
「あ、あのエンドはクリスの正式婚約者になる前に手を繋いだ瞬間発生する不可避イベントで、どんなに遠くへ行こうとも、どんな侵入不可能な密室に逃げ込もうとも死神メンヘラの『絶命ちゃん』が地の果てまで追いかけてくるにゃ」
たしかに彼女ならどんな難解な鍵だろうがメンヘラの力で侵入してきそうですわ。
メンヘラはなんだってできる無限の力を秘めていますから。
「に、してもなんて危ない世界なの。普通に生活してたら命がいくつあっても足りないわ」
「あ、それ対策としてバッドエンドフラグが立ったらちゃんとアラームが鳴るやつにしたにゃ」
「それってまさか……」
いや、ありえますわ。
多分あのにゃーにゃーうるさかったアレのことでしょう。
「いやーさすがにプレイしたことないのは可哀想と思ってにゃ。いや、褒めて欲しいにゃ〜そして撫でで欲しいにゃ」
「それならは最初に言いなさいよ……」
次第に怒る元気もなくなったので、私はハゲから手を離しました。
あれで生きているなら儲けもんですし、何より私の本命はあんな女たらしではなく正真正銘の王子。
逆に考えればあんなクズ男に捕まらなくて良かったですわ。
「それと、一つ忠告しておくにゃ」
「何ですか? どうすれば王子と結婚できるか教えてくれるのですか?」
「それを教えてしまったらつまらにゃいにゃ」
猫はそう言いながら可愛らしいポーズを取ります。何故でしょうか、苛立ちが10割り増しになりましまわ。
「今回のデッドエンドは本来変えられない未来にゃ。ただの登場人物達では太刀打ちできない絶対不可避のバッドエンド。それを変えられるのは転生者、つまりは前世の記憶を人のみにゃ」
「だから、私がその転生者だから」
「チッ、チッ。まだまだあまちゃんだにゃ」
器用に前脚を上げて、左右に振りながらそう言う。
「冷静に思い返すにゃ、マリアは逃げ回っただけで何も変えてないにゃ。デッドエンドを変えた本当の人物は……」
そこで私ははっとしました。それに気づいて猫はうんうんと頷きます。
あのメンヘラ女を倒した人物は、あの天使ですわ。
「そう、きっと彼女も転生者にゃ。つまり彼女も王子達を狙うライバルにゃ」