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6.クリス・マーヴィン・クゥーオン


「クーリースー?」


 ーーグサッ


 重い、鈍い音と共にクリスは力無く崩れ落ちました。そして彼の後ろから現れたのは血まみれの包丁を持った女でした。

 彼女は泣きながら地面で苦しそうにしているクリスを見下ろします。


 にゃーにゃーにゃーにゃー


 こんな急展開に相変わらず耳元でけたたましく猫の声が鳴り響きます。


「私のことはやはり遊びだったのね。いいわ、知ってたわ、あなたが何人も他の女がいたことは。でもね、でもね、こんな農民の下民にも手を出すなんてッ!?」


 女が私をきぃっと睨みつけました。

 手の包丁が怪しく光ります。

 も、もしかしてこれは。


「わ、私はこ、こいつの女じゃありません!」

「うるさい! 抱き合ってたじゃないの!?」


 発狂しながら包丁を持って走り出した女に背を向け私は全力で走り出します。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。


 学園生活一日目にしてバッドエンドどころかデッドエンドフラグが立つなんて聞いてないわ!!?


 必死に走りながら助けを求めて叫ぶがみんなテスト中で誰もこんな校舎裏にはいないらしい。

 誰よ! こんな所で休憩しようと思ったのは!

 なんて後の祭りだ。


「待っててね、ダーリン! この女殺して私もすぐそっちに行くからぁああああ!」


 本物だ! こいつ本物だよ!


 必死に走るけど、これ以上引き離せない。

 もうダメ。足が絡れ始め、案の定転んでしまった。


 包丁を振り被る女が視界の隅に入る。

 ああ、もうダメだ。さらば、私の異世界生活。

 ……思い返したけど、なんの悔いもないわね。


「光の精霊、アスカに祈ります。私に力をお与えくださいーー〈閃光の瞬き(フラッシュ)〉」


 目の前が突然パッと光り、視界が白で埋め尽くされる。

 何が起こったのかわからないけど、目を瞑り刺されない様に這いずる。


ーードサッ


 背後でまた人が倒れる音がした。

 今度は何? もう、よくわかんないけど逃げるしかないわ。


「待ってください、大丈夫ですか?」


 誰かに手を掴まれる。

 まだ視界が戻らないので何に掴まれているか分からず驚いてしまったが、優しくて心地いい匂いがふわと鼻をくすぐり段々と落ち着いてきた。


 視界も徐々に戻ってくる。


 そこには美少女がいた。

 前世の私に負けず劣らずの美少女がいた。


 綺麗な鼻筋、整った眉毛。

 くっきりとした二重とキラキラ輝く赤い瞳。

 ゆるくカールした金髪は絹みたいに触り心地が良さそうだ。


 まだ視界もどりきらずにぼやけて見えるのもあってまるで天使に会っているかのような気持ちになる。


 きっとこの天使が助けてくれたのね。

 もしくはもう既に死んでここは天国なのかもしれないわ。


「ありがとう」


 どっちでもいいや。

 心が浄化されるほど綺麗な美少女に私はお礼を言いました。

 

「おい! なんの騒ぎだ!」


 先生でしょうか? ようやく騒ぎに気づいたのですね。

 遠くから何人かの足音が向かってくるのが聞こえてきます。

 ああ、よかった。助かったみたいですわ。


「おねぇぇえええええぢゃああああああんんん!」


 この声はテトね。全くなんて騒がしい子なのかしら。

 声からして泣いてるわね。


「おねぇちゃん!? 生きてるの!?」


 凄い勢いで胸ぐらを掴まれ、目の前にテトの顔がぼんやりと現れました。

 ふふ、男の子だっていうのにこんなに泣いてしまって、可愛らしい顔が台無しね。


「死ぬなぁああああ! ねぇちゃんー!!? まだこの世にやり残したことあるだろう!!!?」


 え、いや、死んでないんですけど。


「なぁ!? 目を覚ましてくれよ!!? ねぇちゃんんんん!!!」


 いや、目は開いてるっちゅうに。

 もとからこの大きさの目だわ。やかましい。


「寝るなぁ!! 寝たら終わりだぁぁあ! うわぁぁあああああああ!!!?」


 そう言って、テトは私の頬を思いっきり殴ります。

 待って?

 治りかけた視界がまたフェイドアウトしていくから待って?


 あの天使さんも止めて、助けた命がいま再びの危機よ?


「くそ!!! これならどうだ!!」


 両手を高く突き上げるのが見える。

 え、さっきからこいつは何と戦っているの?


「チェストォオオオオオオオオオオオオオオオ」


 ーードスッ


 鋭い拳が私の胸に突き刺さりました。

 心臓マッサージのつもりでしょうか?

 私の肋骨は砕かれ、心臓は岩も砕く様な衝撃に止まりました。


 なる、ほど、これが、バ、バッドエンドだらけの、クソゲーという、わけ、ね。

 あのクソ猫、こんど、あったら、う、ったえて、や……


 ここで私は意識を失いました。

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