バラされそうになったこと、ありませんか?
主人公:俺(伊藤)
ヒロイン::山中智奈美
寺嶋:下の名前はアヤ。伊藤が好き?
石川:智奈美の友達。下の名前は咲姫。
八木君:サッカー部のイケメン。もちろん性格もイケメン
アツシ:クラスメイトでサッカー部。大柄。
台風の翌日。
放課後にLINEをチェックしていると。
「伊藤君、ちょっといい?」
声をかけられた。
声の主は石川。大人しい系女子の一人だが、物怖じするわけでもなくフツーに話しかけてくる。そして石川の隣には……?
「お! 智奈美ちゃん」
気まずそうに目を泳がせる智奈美がいた。
「伊藤君、昨日はありがとう」
昨日のお礼を言いにきたようだ。この様子だと、一人じゃ勇気が出なくて友達についてきてもらったって感じだな。大人しい系女子あるある。
「…………」
もう少し話したくて、口を開きかけた俺に、
「じゃ、じゃあ」
少しぎこちない笑みを浮かべてくるりと踵を返す智奈美。え? もう行っちゃうのか?! もっと……。
スタスタと歩いていく智奈美に、石川の「サッカー部♪ サッカー部♪」とはしゃぐ声が遠ざかる。サッカー部???
「サッカー部って、八木君かな。もしかして」
呆然とする俺のところへやってきたのは寺嶋。なになに? サッカー部の八木?
「三組、理系の。背が高くってカッコイイじゃん? 八木君を好きな女子って多いんだよ」
うあぁ……なにその聞きたくない情報。
てことはよ? 智奈美はそいつに会いにいったっていうの?
「山中さんって可愛いしねぇ。八木君と並ぶと絵になりそう。フフッ」
俺の机に頬杖をついて、無邪気にそんなことを言う寺嶋。
「はれ? 伊藤、どした?」
いや、何にも知らないコイツは悪くない。智奈美に向ける視線もコメントも悪意なんか微塵もない。むしろ好意的だ。わかってる。わかってるんだけど。なんか腹立つ。
「ちょっとトイレ」
「んー。いてらー」
んにゃろう、八木だっけ? テメェの顔、拝みにいってやろうじゃねーか。
結論から言おう。
八木はイケメンだった。
グラウンドでボールを蹴るヤツは、いわゆる細マッチョ。しかも、巧みにディフェンスをかいくぐってゴールへ向かう姿に、無様なところは一点もなかった。
「ヘイ! ヘイ!」
自分がボールを持っていなくても、積極的に声を出して常に好位置をキープし、ボールを回せとアピールする――。
白い曇天に、ロングパスされたボールが綺麗な放物線を描く。見事なヘディングで受けたそれを、危なげなくドリブルする八木。
土埃をあげてボールを奪い合う彼らの向こう側で、数人の女子がキャッキャとはしゃぎながら見学している。その中に……。
智奈美!!
石川たちと楽しそうに笑いあう彼女がいた。その笑顔に釘付けになる。教室で見る、淡くはにかんだような笑みじゃない。心底楽しそうに笑って……。
「「「「八木くーーん♡」」」」
女子から黄色い声援が上がる。それに八木は爽やかな笑顔で軽く手を挙げ応えて、次の瞬間、
「「「「キャーーーッ♡♡♡」」」」
鮮やかなオーバーヘッドシュート!!
残念ながらボールはゴールポストに跳ね返され、明後日の方向へ飛んでいったが。ピョンピョン跳びはねる女子たちの黄色い悲鳴が、すべてを物語っている。すごい! だの、カッコイイ! だの、並みの男子が逆立ちしても手に入らない賛辞を惜しげもなく八木に浴びせている。智奈美も……ぐ、ぐうぅ!!
クソゥ、八木てめぇ! 天は二物も三物も与えやがってッ!!
下っ端悪役もかくやという嫉妬に胸中で地団駄を踏みながら、俺が尚も試合を眺めていたら。不意にコートの向こうの智奈美がこっちを見た! 俺に気づいて目を丸くする智奈美。そして……フイッと顔を背けた。ぐはぁっ! な、なんでだよ智奈美ちゃん……。
ちょ、ちょっと前までは目が合うと笑ってくれたのに……。
ピィーーーッ
心中の俺が膝から頽れたところで、試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
試合が終わると、ダラダラ残るヤツはおらず、皆そそくさと部室へ引き揚げていく。サッカー少年にも受験は等しく試練だからだ。ウチの高校、スポーツ推薦とかないしな。
ハッ! 八木め、おまえの実力も所詮その程度だッ!
心の中で、絶対に口に出せない罵詈雑言を吐き散らかしながら、俺は迷っていた。
智奈美のところへ行くかどうか。
だってさ。だってさ!
いるんだよ八木が!! 智奈美たちのところに!!
ヤツは、クソ憎たらしいことに応援にきた女子たちと駄弁っているのだ。楽しそうに笑顔でよッ!
「いよっ! 何やってんだよイトゥー!」
ドンッ! とけっこうな衝撃でどついてきたのは、
「アツシ! 痛ぇよ、テメェ」
同じクラスのアツシだ。そういやコイツもサッカー部だったか。
「おいイトゥー、俺のボレーシュート見た? 見た?」
背番号四のユニホームを揺らし、めっちゃ期待して聞いてくるけど……。ごめん。おまえの活躍、ぜんっっぜん見てなかったわ。
「一人で何やってんだよ」
だからそれ聞くのなー。
「別に……たまたまだ!」
コイツにだけは智奈美に片想いしていることを知られたくない。絶対面白がるからな。
分が悪くなってきた。立ち去ろう。クッソ……八木のヤツ。チラッと未練タラタラに目を向けたのがいけなかった。
「おまえ……もしかして、山中さん待ってんの?」
ぬお?! なんでおまえがそれを……!
ニヤニヤするアツシ。なんだ? 何を企んでる?!
…………。
…………。
「山中さぁ~~~ん!!」
「うおぉぉぉおい!?」
満面の笑みで智奈美に突撃するアツシの意図は言わずともわかる。コイツ、バラす気だ!
「山中さん、山中さん、伊藤がさ」
「バッ! やめろアツシ!」
調子こいて智奈美の前に躍り出たアツシにドロップキックをかますが、避けられた。
「伊藤が山中さんのフヒヒヒ」
「テメェ! ざけんなコラ!」
言われてたまるかと飛びかかる俺。しかしアツシの方が図体がデカいため、悔しいが力で押さえきれない。見た目は完全に岩にじゃれつく猿である。
「イトゥー! 言っちゃえYO☆」
「るっせぇわ!」
もう恥ずかしくて恥ずかしくて。どうやってアツシを黙らせようと考えていたら……。
「フフッ、フフフフッ」
?!
智奈美が、笑ってる。お腹かかえて。
なんだよツボだったの? 笑って糸目になっちゃってさ。なんだよ……恥ずかしいのに君が笑ってくれると嬉しいわ。
「も、智奈美ちゃんたら、笑わないでよ~」
照れ隠しに笑い含みに窘めたけど。本当は、嬉しくてたまらなかった。