下校のタイミングを合わせるって大変ですよね?
主人公:俺(伊藤)
ヒロイン:山中智奈美。カラオケ緊張する……
寺嶋:陽キャ女子。大根足
田辺ユッコ:本名田辺雪乃。寺嶋の友達。髪は入念に巻く
原田先生:古文の先生で産休に入る予定。生徒たちに送別会を開いてもらえて嬉しい
はじめて智奈美と二人きりで過ごした時間は最高だった。
ここぞとばかりにおどける俺に、彼女は先生の目を気にしてくれたのか、声を潜めてヒントを出してくれたりうっかりミスを教えてくれたり……。
薄紅色の指先が数字の上を行き過ぎるたび、仄かに甘い香りが鼻腔をかすめ、不意に彼女の白い指と触れたときには、歓喜に心臓が日本新記録並に跳ね上がった。
俺がオーバーリアクションで照れを誤魔化すと、智奈美がはにかんだような淡い笑みを返してくれてさ。いや、複素数の話しかしてないんだけども。智奈美の興味がどこにあるのか、聞き出せたわけじゃないけども。
よし。次は一緒に下校だ。
そう秘かに決意したんだが……。
智奈美が嫌がっていた送別会カラオケの日。
17時に駅前のカラオケ店スパイラルに集合とのことで、なんとか智奈美と一緒に行けないかと下駄箱で時間を潰す。期待と不安に心臓が踊る。
「あるえぇ? 伊藤じゃん」
やってきたのは大根足、否、陽キャ女子の寺嶋だった。珍しく一人だ。とりあえず「おう」と片手をあげて応えておく。
「何やってんの?」
それを聞かれると困る。
好きな子を待ってるとか言えるわけないだろ。恥ずかしすぎるわ。いや、寺嶋はイイヤツだけどさぁ。
「送別会、来るんでしょ?」
心底不思議そうにこっちを見る寺嶋。
――だよな。「わざわざ行きたいっつった奴が何やってんの?」って言いたいんだよな。わかる。激しくわかる……! 理性では俺もそう思うよ。でも、あと三十秒……いや一分、いいやッ! 五分待ってたら智奈美が来るかもしれないじゃんか。
智奈美が来たら……二人きりになったら、勇気を出してLINEで友達になろうって言うんだよ……。
しかし。寺嶋は何を思ったのか、声を潜めてこう聞いてきた。
「もしかして金欠? 立て替えよっか?」
(ちがーーーうッ!!)
でもありがとう! ありがとう寺嶋! おまえの優しさは一生忘れねぇよ。だから頼む! 俺なんかほっといて先に行ってくれッ!
「伊藤……マジ、どしたん?」
トテトテと近づいてくる寺嶋。気遣わしげにこっちを見上げる顔には、デカデカと「心配。大丈夫?」って書いてある。
(俺は大丈夫! マジでドチャクソ大丈夫だよ寺嶋ァ!)
と、そこへ。
「あ! よかったアヤいたぁ~!」
クルクル巻いた茶髪を揺らして、田辺ユッコが姿を現した。急いで階段を降りてきたのか、息を切らせている。
「一人だけ遅れてったらどうしようって思ってたの。一緒に行こ……あれ? 伊藤、行かないの?」
「時間だよ?」、と小首を傾げるユッコ。
(もうほっといてくれぇ~~~!!!)
俺は心中で絶叫。俺にはッ! 智奈美がッ!
「伊藤も参加でしょ? ほら、一緒に行こうよ。先生、待たせちゃう」
「だね。伊藤、ゴー?」
(うぼああぁぁぁーー!!!! ふ、二人きりになるチャンスがぁ……)
何の悪気もない寺嶋に手を引かれ、俺はあえなく会場にドナドナされることとなってしまった。
◆◆◆
たどり着いたカラオケボックスには、既に智奈美も含めた参加者が全員集合していた。狭い部屋は定員ギリギリで詰め詰めの状態。当たり前だが、智奈美の両隣に俺が入り込めるスペースはない。寺嶋たちとソファの端っこの腰かけ、俺は脳内で今後の段取りを組み直した。
帰り道だ。帰り道で何としてでも二人きりになってLINEで友達になるんだ……!
本日の主役である原田先生と、女子たちは楽しくお喋りしながら、順番にマイクを回す。ポッキーをつまみながら、俺がドキドキとタイミングを見計らっていたら。
「伊藤! 一緒に歌おー!!」
上機嫌の寺嶋に誘われて、マイクを押しつけられた。まあ送別会だしな。ここは空気読んで盛り上げ役になるべきだろう。
「「イエッフ~~イ」」
タンバリン片手に笑顔でお相手をした。先生も笑顔だ。よしよし……。
…………。
…………。
…………。
「じゃあ、次はぁ……山中さぁ~ん!」
「「「「イエ~~イ」」」」
いよいよ、先生と女子たちが盛り上がる中、智奈美にマイクが回ってきた。少しはにかんでマイクを受け取る智奈美だけど、目が笑ってない。やっぱ嫌なのか。
彼女が選曲したのは、しっとりしたバラード。大きな声を出さなくてもいい、できるだけ大人しい曲を選んだとわかる。うあぁ……。合いの手できないヤツだ、コレ。
ムーディーな前奏。テレビ画面には、セピア色の風景――城っぽい建物と、螺旋階段に佇む女。夢の、白いドレスに身を包んだ智奈美の姿を思い出す。
ピアノの高音が煌めくようなイントロを奏で、緊張した面持ちの智奈美が口を開きかけ……。
シャンシャンシャンシャンシャン!!!!
タンバリンを振りながら、俺は迷わず乱入した。ギョッとこっちを向く智奈美にニカッと笑って、俺はマイクもなしに歌を被せる。
〽嗚呼~ 君は知らない~
歌詞をガン見し、必死で歌う。キーが高ぇ!
先生は苦笑し、女子たちからは激しいブーイングを喰らってヒヤヒヤがとまらないが、ここは楽しい雰囲気で押し切ってやる!
〽胸焦がす~ この恋に~
ヘラヘラといつものお調子者を演じながら、智奈美の声を聞こうと必死で耳をそばだて。
テレビ画面――螺旋階段をチャラ男が降りてきた。
……なんとなく、男の雰囲気が俺に似てる。
〽どうか~ どうか~
ヤケクソみたいにタンバリンを鳴らし。
テレビ画面。歌詞字幕の後ろで、女がチャラ男に強烈なビンタをお見舞いし、螺旋階段を駆け下りていく――なんてミュージックビデオだ!
〽気づかれないように~
むしろ気づいて意識してくれぇ~~~!!! と、心中で全力で歌詞にツッコんだ。
とりま。
ミッションはクリアした。先生は妊婦だし、カラオケは早めに切り上げるだろう。恥ずかしさで火照った顔を冷ますために、トイレへ向かった俺は、
「伊藤! さっきのヒドいよ!」
眉を吊り上げた寺嶋に怒鳴られた。