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悩み事があると悪夢を見ませんか?

主人公:俺(伊藤)

ヒロイン:山中智奈美

寺嶋アヤ:同じクラスの陽キャ女子

 ボーリング螺旋の出口――頂上は、青くて丸いグラウンドだった。見上げた空はのっぺりしたマリンブルー。そんな空に、ぽっかりと浮かぶオレンジ色の“i”――これは……?


「虚数……」


 ポツリと呟いた智奈美のドレスがポンッと弾けて、高校のブレザーになった。俺も同じく。


「悩みって虚数か?」


 尋ねた俺に、智奈美は唇を噛みしめて数拍黙りこみ……。


「……違う。これは」


 ――煩悩。


「…………は?」


 虚数って煩悩なの???


「数ⅡB、キライ」


 憎らしそうに空に浮かんだ“(虚数)”を睨む智奈美。優等生の智奈美にも数ⅡBは難しいのか。勉強教えてやるぜ! って言えないところがしょっぱい。


「宿題、ラストの複素数の問題だけ、わかんなかった」


「あー……」


 そういや、この景色に見覚えあるわ。

 見渡せば、植木に見立てた緑のΣ(シグマ)、星座のフリした三角関数が淡い光を放っている。このグラウンドは円柱の底面で。側面には細~い螺旋階段が蛇みたいに巡っているのだ。




 数ⅡB問題集の表紙だ、これ。




 なお、俺は宿題を完全に忘れていた。


 ヒューン! と風切り音の後に、巨大な(ルート)がグラウンドに着弾した。次いで±(プラマイ)も落ちてきて青い地面にズドンと突き刺さった。おお怖……。


「宿題はとりあえず忘れてさ」


 智奈美の手を引いて、グラウンドの端――螺旋階段の入口に立つ。


「……忘れちゃダメでしょ」


 ムスッと言い返す智奈美。その背後を、のっしのっしとπ(パイ)が歩いていく。


「いーじゃん夢の中だし。真面目じゃなくても。楽しもうぜ!」


「夢?」


「そう、夢だ。だから勉強とかとりあえず忘れちゃえって」


 手を繫いだ先には、横顔を見つめてばかりの女の子。


 俺は目いっぱいの笑顔を彼女に向ける。


 いつも物静かでクールで、俺みたいなイケメンでもないアホが近寄りづらい雪の女王。だから、思いっっきりふざけて騒ぎたいんだよ。夢の中で、君がコロコロと表情を変えるから。今度は目いっぱい笑う君を見たいんだ。


 俺が、笑わせたいから。


「イエッフーーイ」


 駆け下りる階段は、いつしか日焼けした白いコンクリに。波の音が聞こえる――海だ。



◆◆◆



ザザァ……ザァ……


 白い砂浜に並んで座る。智奈美が懐かしそうに目を細め、仄かに笑う。


「沖縄?」


「ああ。せっかくの夢だしな」


 風が吹きぬける。視界の半分は晴れ渡った青空。残りの半分はどこまでも澄んだエメラルドグリーン。春に修学旅行で来た、沖縄の海だ。


「まだ宿題が気になる?」


 智奈美は未だ制服のまま。膝の上には数ⅡBの問題集を広げている。解けなかった問題が気になるようだ。


「私……勉強しかないから」


 むっつりと呟いて、俺の隣で智奈美は膝を抱えた。長い睫毛が、ふっくらした頬に影を落とす。


「いいなぁ、伊藤君は」


 不意に顔を上げた智奈美が、まっすぐ俺を見つめた。透明な眼差しに射られると、ドキドキと胸が騒ぐ。


「俺? 智奈美と違ってアホだぜ?」


 ついでにイケメンでもない。照れ隠しに顔を指さして「ぶさいくゥ」と変顔でおどけた俺に、智奈美は真剣な表情を向けて言った。


「伊藤君は明るくて、誰とでも話せて、みんなから好かれてる。すごく、羨ましいよ」


 おいおいおいおい。そんなに褒められると照れちゃうな。ふへへへ……


「私は優等生、優等生じゃなきゃ……」


 他に何にもないもん……。


 か細い呟きは波の音に掻き消されて、照れまくる俺の耳には届かなかった。



◆◆◆



ジャンジャン ジャジャン♪


ジャンジャンジャ ジャンジャン♪


 静かな砂浜に、突然聞こえてきた陽気な音楽。ノリノリのリズムに合いの手は手拍子、底抜けに明るいダンスナンバー。


 今、女子の間で流行ってるヤツだ。

 なんだよなんだよ、イベントか? ライブか?


「山中さんFOOOOOOO!!!!」


 なんだ? 誰か来るぞ……て!


「寺嶋じゃん!」


 クラスを代表する陽キャ女子は、白いTシャツド派手な赤いミニスカに大根足、首にはこれまた真っ赤なハイビスカスのお花レイをかけて、両手にはマラカス。そんな彼女が、ノリノリのご機嫌でこっちにやってくる。


「山中さんも! ヘイヘ~イ♪」



Yeah!

Yeah!

Yeah!



 音楽に身体を揺らしながら、派手派手な寺嶋が智奈美に絡みにいく。


「金曜のッ! 送別会ッ! カ・ラ・オ・ケxVWOOOOOOO!!!!」


「ぬおわ?!」


 突如寺嶋の声が濁り、ムクムクと膨れあがった。真っ黒な靄がモクモクと彼女を取りまいて、まるでラスボス。


「ぜっっだぁ~~い!!!! ざんがぁああ!!!!」


 先ほどの陽気さは欠片もない、魔王のような大音声が砂浜に響き渡る。青空は真っ黒な曇天に、海の色も灰色に変わっている。


「やぁ~~ぐぞぉおおぐ!!!!」


「んあ?! 約束??」


 なにこのモンスター。なぁ、智奈


「うお?!」


 いつの間にか俺の横にいた智奈美の姿は消え、代わりに、ミントアイスと見紛う丸っこくてフワッフワな巻き貝のぬいぐるみが転がっているではないか。


「や……約束を破ろうとか思っていません。でももし、もしもですよ? その日たまたま風邪をひいたりッ……き、気分が悪くなったりしたら、そ、その……」


 ぬいぐるみの中から、智奈美の声が――心底「困りましたぁ~」と言いたげな、早口で吐息交じりの声が聞こえてくる。なにこれ、すんごく可愛いんだけど。


「ほ、ほら……気分悪い子が出しゃばっちゃったら迷惑だよね? ね? 行かない方がいいよね? ね?」


「…………」


 なぁ……智奈美。もしかして、おまえの悩みってコレなのか?


 智奈美の呟き……というか言い訳を聞く限り、彼女は金曜の送別会カラオケに行きたくないようだ。


 なんだよ、みんなでカラオケとか最高じゃんか。どうしてそこまで後ろ向きなんだ?


「わ、わ、私、歌とか何歌っていいかわかんないし、カラオケ行ったことないし、恥ずかしいし……」


 カラオケ行ったことないの?! マジか。さすが優等生……。


「歌なんて……わかんないし、絶対下手だし、恥ずかしいし無理だし……でも誘われたし」


 初めてのカラオケかぁ。で、プレッシャーに負けそうだと。送別会って、古文の先生のだよな? 確か産休に入るとかで。




 なるほど。行きたくないって言うに言えなかったのか。




「山中ざぁーーん!!!! やぁ~~ぐぞぉおおぐ!!!! gヴォオオオオ!!!!」


 いまだ寺嶋モンスターは暴れている。


 うん。とりま、コイツをなんとかしよう。



ポンッ ポンッ ポンッ ポンッ


「「「「(`・ω・´)ニャーーー!!!!」」」」



 螺旋階段で俺の視界を塞いだぬいぐるみたちを召喚する。


「寺嶋ぁ~! おまえ、こういうの好きだろ! 全部やるから帰れ!!」


 巨大化した寺嶋モンスターをズバビシィと指さすと、パステルカラーのぬいぐるみたちがふよふよと彼女を取り囲む。



「ええ~~?! ワンコの方が好きだしぃ」




「「「「(´;ω;`)ニャ~~~……」」」」


 ヘロヘロと逃げ帰ってくるぬいぐるみたち。

 なんだよ寺嶋、ネコもイヌも似たようなモンだろ!


ワンゴラァアアヴッ(ワンコLOVE♡)!!!!」


「…………」


 もういいや、寺嶋は放置で。

 俺はモフモフな巻き貝と化した智奈美の前に膝をついた。


「大丈夫だって。智奈美の声、すっげぇ綺麗じゃんか」


 お世辞でもなんでもないぜ?


「でも……恥ずかしいもん」


 巻き貝から、か細くて頼りなげな声が言い返してくる。教室で黒板を見つめる凛とした横顔しか知らないから――こんな寄る辺ない声を聞くと……なんとかしてやりたいって強く思う。


「じゃあさ、俺がついてってフォローしてやる。恥は俺が全部持ってってやるから」


 それくらい、お茶の子さいさいだ。超レアな智奈美の歌声が聞けないのは寂しいけどさ。


「伊藤君、本当? 本当に本当?」


 途端に食いついてくる智奈美巻き貝。縋りつくような声に胸が鳴った。今まで他人に向けられるばかりだった声が、俺に問いかけてる。俺を頼ってきてる。ああ……胸がドキドキするな。


「任せろって。約束だ」


 寄ってきた巻き貝をよしよしと撫でてやる。


「約束……」


 最後に聞いた智奈美の声は、今までに聞いたどの声よりも柔らかくて、嬉しそうだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >ホラー漫画で怪異に遭遇した女の子みたいな顔してる。 梅津か○おの漫画のような顔ですか? しかし夢の中とは随分シュールな世界ですねw 読んでるだけで楽しくなってきます!
[一言] 智奈美ちゃん可愛い( ˘ω˘ ) これは推せる( ˘ω˘ )
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