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もう一度会えたら、夢のようです

誤字報告をありがとうございます!!

漢字変換いたしましたが、言葉の響きを残したく、ルビを振ってあります(“間”を“あわい”と読んでいいと、辞書を確認済)

はやく……


  はやく……


   夢が終わってしまう前に……


 狭くて暗い螺旋階段は、先が全く見えなくて不安になる。長い長い路を、私は伊藤君を探して走っていた。 




 老婆のくれた夢渡りの飴は、舐めると好きな人の夢を訪れることができるという。でも、共に夢を見た相手――伊藤君に、私が訪れた夢の記憶は残らない。


 でも!


 これが、最後のチャンスなんだ!


「伊藤くーーん!」


 夢の中には、今は私しかいない。だから、大声出したって平気。


「伊藤くーーん!!」


 でも、どうして?どうして夢の主である伊藤君がいないんだろう。

 夢が始まってからずっと螺旋階段を上り続けているけど、人に会う気配すらないよ。夢だから――いくら走っても疲れないし、息もきれないけれど。辺りは夜のように暗くて、何かもが暗く沈んだ灰色――


 ついに足が止まる。先には闇の蟠る階上。不意に頭をよぎったのは。


 私にとって、伊藤君は好きな人だけど。

 彼にとって、私は何だったんだろう。


 社交性や明るさでは寺嶋さんの足許にも及ばず。

 勉強ばっかりで、流行にも疎いから話題にも事欠く。

 伊藤君が好きだっていうアニメや漫画もタイトルくらいしか知らない。

 自分が可愛いかと問われれば……否と言わざるを得ない。お化粧だって、したことないし。


 ふと見下ろした自分は、色褪せたヨレヨレのパジャマ姿。靴も履いていない。みんなみんな、色のない灰色――



 ぜんぜん、魅力ないじゃん、私。



 というかこの格好はないでしょ。せめて……


 ポンッとパジャマが弾けて、私の纏う服はお気に入りの白いノースリーブワンピースに変わる。ちゃんと靴――ヒール付のサンダルも履いている。よし。螺旋階段の壁に鏡を出して、髪も整えて……


 あれ?


 服とか、思い通りに変えられるの??


 ……。


 もしかして。

 ここは伊藤君の夢の中だけど、私の意志も反映するのかな。


 ほんの少し、螺旋階段の先が明るくなった気がした。


 目を閉じて、イメージする。

 大丈夫。出口は、すぐそこにあるんだ。

 格好悪くても、私はちゃんと話すって決めたんだから。

 だから――


 一段、また一段と階段を上る。少しずつ、狭い階段は明るくなっていく。


「あ」


 突如、螺旋階段の先に鉄製のドアが現れた。すっかり明るくなった階段の踊り場。ガチャリ、ノブを回したドアの向こうに眩しい光――








 小さな玄関にある靴は、高校で男子が履いているスニーカー。


「お邪魔しま~す」


 サンダルを脱いで揃え、短いフローリングの廊下を進む。ワンルームマンションなのだろう。右側の小さなシンクはガランとしていて、その上の壁に換気扇。左側はトイレかな? こじんまりとしたクリーム色のドア。


 そっか。伊藤君は実家から遠くの大学に進むんだね。遠くに……


 磨りガラスの引き戸の前で、私は立ち止まった。伊藤君はこの向こうにいる。ちゃんと気配がある。走り始めた鼓動に胸を押さえて。そっと引き戸を開けた。


◆◆◆


「こんにちは」


 震える声で呼びかける。目の前にある広い背中は――制服じゃなくて私服だね。白いフード付のトレーナー。穿いているのは、灰色がかった色のジーンズ。その背中が、ゆっくりとこちらを向いて、


「智奈美?」


 目をまん丸にした伊藤君を見たら、なんだか安心してしまって。


「会いに、来ちゃった」


 泣き笑いの顔でそう言った私の視界は、次の瞬間軽い衝撃と共に真っ黒になった。


「え………」


 一瞬、夢から覚めてしまうんだと思った。夢の中って不思議だよね。脳が記憶を元に作った世界だからかな。映像と音声は鮮明なのに、触覚や嗅覚は曖昧で。


 だから………


 頭上から伊藤君の声が聞こえるまで、彼に抱きしめられてるって気づかなかったの。


「智奈美……! 智奈美……! 大好きなんだ……俺、ずっと言えなくて」


 心臓が止まりそうになった。だって、好きな人から『大好き』って……

 伊藤君、本当なの? 本当に本当なの?

 彼がどんな顔をしているのか確かめたくて、


「伊藤君、それ本当?」


 もぞもぞと動いて私は伊藤君を見上げた。


 ここにいる伊藤君は、私が造り上げた妄想じゃないよね? 幻じゃないよね?


「本当に決まってるじゃん! むしろ嫌うはずないじゃん!」


 伊藤君が私のことを好きって……



 ………都合が良すぎるわ。



 やっぱり、ここにいる彼は、私が造り上げた妄想かもしれない。夢には私の意志も反映されるみたいだし。


「……ちがうよ?」


「伊藤君、『手術回診』ってアニメ、好きだよね? 主な登場人物とあらすじを百字以内で述べなさい」


「なにその無茶振りな記述問題?!」


「私、タイトルしか知らないから。もしあなたが私の妄想の産物なら、答えられないか、もしくはものすごくつまならい話しかできないはず……」


「い……意外と疑り深いんだね智奈美ちゃん」


 引き攣った笑みを浮かべる伊藤君。でもお願い。あなたが本物かどうかはとても重要なの。だって……


 ポンッ!


「へ? うわあ?!!」


 突然、私の服が弾けて、真っ黒なビキニにベリーダンスの踊り子がつけてるジャラジャラした飾りのヒップスカーフ、その上に白衣という意味不明な衣装に変わってしまった!


「それ、『手術回診』の47巻に出てくる『私、失敗しませんから』が口癖の井領三酢子って敵キャラのコス」


 伊藤君、してやったりって顔だ。


「ヒロインがこんな感じで」


 ポンッ


「ちょワッ!?」


「当て馬のセクシー看護婦」


 ポンッ


「に゛ゃ?!」


「モブのグラマラスな患者」


 ポンッ


「ぎゃーっ!」


 ……。


 ………。


 …………。


 数分後、私は何とか件のアニメの内容――主人公たち若手外科医が大学病院で腫瘍(しゅよう)と闘う医療ドラマ――を伊藤君から聞き出した。なんだかとっても疲れた……。


「そうだ! 伊藤君、LINEのIDを教えて。友達申請するから」


 伊藤君の夢に入った目的――何とか彼と繋がる糸口を掴みたかった。それで……


「……ごめん、智奈美ちゃん。俺、LINEやめちゃってさ」


 伊藤君は申し訳なさそうに眉を下げた。


「いや……寺嶋だけ露骨にブロックもできなくてさ。俺は県外の大学へ行くし、やめていっかって……」


「そ、そうなんだ……」


 というか、知ってたんだね。寺嶋さんが伊藤君を好きなこと。

 それで……やっぱり遠くの大学に行っちゃうんだね。


 改めてこの空間を見回す。


「もう、住むところも決めたんだ?」


「ああ。四月から住む予定だな」


 なら、伊藤君がここにいるのはあと一週間と少ししかない。LINEはダメ、電話は……知らない番号には出ないだろう。私の番号を教えても、伊藤君は夢の内容を忘れちゃうから。


「伊藤君、会いに行くよ」


 彼は私のことを好きだと言ってくれた。だったら、何も怖くない。きっと。


 天気予報によると、明日は雨。だから、たとえ夢の内容を覚えていなくても、遠くに出かけたりはしないと思うの。


「会いにって……」


 伊藤君が呟いた時だった。

 突然、グラグラと空間が揺れた。


「ッ?!」


「な?! 地震?!」


 揺れと同時に、グニャリと空間が歪む。まさか、夢から覚めようとしている?! 直感でわかるのだ。揺れているのは現実の世界だと。


「伊藤君! 駅! 駅はどこ?!」


 真っ黒になってしまった空間の中、透き通りはじめた伊藤君の手を掴んで、必死に尋ねた。


「会いたいから……夢渡りの飴を使ってここまで来たの! だから……」


 彼の輪郭がぼやけてくる。


 待って!

 まだ! まだ覚めないで!

 あと、あと少しだけ……!!


「夢渡り?! まさかその飴、長~い白髪の腰の曲がった婆さんから?! 智奈美ちゃん、それって!?」


 ぼやけはじめた伊藤君の姿が、再び鮮明さを取り戻す。


「そう! 伊藤君に会いたくて!」


 空気に溶けかけた身体が、グンと引き寄せられた、気がした。私の存在がどんどん薄くなる。


「くっそ! 俺はこの夢を忘れちまうのか?! 忘れたくない! 忘れるもんか! 根性で覚えてやる!」


「伊藤君、早く!」


 目覚めが近いのだろう。

 意識が持っていかれる――夢と現実の(あわい)にいると、わかるのだ。もう、自分の腕も見えない。


「……!」


 最後に、耳もとに囁くような声の余韻を残し――


 ……。


 ………。


 …………。


 ブーッ ブーッ ブーッ


 スマホの警報音を耳が拾う。時刻を見れば、午前四時を回ったところだ。月に照らされた部屋の照明がゆらゆらと揺れている。

 どうやら既に揺れは収まったらしい。関東ならよくある震度三程度の揺れだろう。


 夢から覚める直前、彼の道案内は途中で途切れてしまったけれど。


「待ってて。会いにいくから」

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― 新着の感想 ―
[一言] 手術回診www 何かいろいろ混じってますねwww そしてこれは、滅茶苦茶胸熱な展開……!!!
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