ノリって最高のバフだと思うんですが……
智奈美がサッカー部を見学に行ったのは、あの日だけだったようだ。たぶん、友達につきあっただけなんだろう。俺はそう結論づけ、少なからずホッとした。
今日も、前方の席で黒板を見つめる凛とした横顔をただ見つめるだけだ。依然として、彼女と連絡先を交換できたわけでもなく、ほぼ進展はない。
「えー。模擬店の場所取りですが、残念ながら屋外の場所は取れませんでした」
実行委員である寺嶋の言葉に、「えー」と不服そうな声があがる。
文化祭は、外部――つまり一般にも開放されるため、出店場所はけっこう重要だったりする。客足と華やかさにおいて、屋外のスペースは毎年奪い合いになるのだ。
ちなみに、ウチのクラスはゲーム対戦の模擬店。生徒たちがカードゲームや黒ひげ危機一発やツイスターゲームなどを持ちより、一人あたり参加料三百円を取って客のゲーム相手を務めるというシンプルな内容。売上は慈善団体に寄付する予定だ。
「模擬店のシフトなんですけど、山中さんがこんな感じでシフト表作ってくれたんで」
寺嶋が印刷したシフト表を皆に配る。
なになに……俺は午後がフリーか。お! 智奈美も午後が空いてる!
ワンチャンあるぞ、これ!
「教室開催なんで、外に出てお客を呼ぶ要員を……」
よし! よっっし!!
智奈美を誘おう!今度こそLINEで友達になるぞー!!
「……とう、伊藤!」
「ほ?」
いかん。文化祭の奇跡に期待するあまり、舞いあがっていた。ムスッとした寺嶋に手招きされて、席を立つ。
「アンタも実行委員でしょ!」
怒られた。
そうだった。俺も寺嶋に指名されて実行委員をやっているのだ。
「でさ、客集めをするのに、教室をデコろうかなと思うんだけど。アイディア」
いきなり難題を振ってきやがった。悪かったよ、話聞いてなくて。
「あー。なんか、『コレ見にいきたい!』てモノがあるといいよな。例えば、女子がメイド「却下」」
田辺、顔怖ぇよ!
「ピタゴラ装置、作るとか」
「難しすぎじゃない?」
意見は出るものの、決定打にはならずにこの日の打ち合わせは終わった。
あれから。
智奈美を誘おうと放課後の教室に彼女の姿を探すものの、気づくといつもいない。きっと塾だろう。頭の良い彼女だから……
冬が近づくにつれ、受験へ受験へと意識が持っていかれる。
俺とは比べものにならないくらい、いい大学に行くんだろうな。卒業したら、彼女との接点は消えてしまうんだろうな……
それを思うと、とても切なかった。
俺の今の行動は、果たして意味があるのかと。
あれから彼女と目が合うことこそあれ、決まって視線を逸らされてしまう。言葉を交わしても、どこかぎこちなくて。
でも! まだ! まだ文化祭がある!
カモン! 奇跡ッ!
今日こそ約束を取りつける!
今更知ったんだけど、智奈美は寺嶋たちを個人的に手伝っているらしい。ということは――
楽しそうな女子たちの話し声がもれる会議室のドアを開け………いた!
「あ゛~~! また負けちゃっだぁ~~」
「はぁ~い。アヤ四連敗」
寺嶋と田辺ユッコ、石川もいる。で、寺嶋の向かいには智奈美。テーブルには、模擬店で使うカードゲームが並べてある。
「あ~! サボリ見つけたぁ! おまわりさ~~ん!」
なんだよおまえら。遊んでんじゃん!
俺も仲間に入れてくれよ!
「遊んでたんじゃないんですぅ。ゲームのルール確認ですぅ」
石川が口を尖らせるが、顔は笑っている。
「伊藤! 山中さんが強すぎるぅ~。仇を討って……ガクッ」
寺嶋も死んだフリしてふざけてる。ほほーう。
寺嶋と席を変わり、智奈美と向かい合う。『ハンティングモンスター』――簡単に言えば、場に出された獲物カードを武器カードの強弱で奪い合う、駆け引きが楽しいゲームである。
場に出されたのは……ゴブリン三体にワイバーン、それからフェンリル! これは獲りたい!
「フェンリルは譲ろっかな~」
ぬ。いきなりブラフか?!
智奈美は不敵な眼差しを寄越してくる。笑ってるな……てことは?これは『フェンリルは貰うね』ってことか?
「高ポイントの獲物はフェンリルだけじゃないし」
ヒュドラのことか?! 智奈美、ヒュドラ狙い?
このゲームにおける、双方の武器カードは七枚。弱い順に棍棒(二枚)、剣(一枚)、魔法の杖(一枚)、バリスタ(一枚)、バトルアックス(一枚)、そして最強の武器エクスカリバー(一枚)。ターン毎により強い武器カードを出したプレーヤーが、場の獲物カードを総取りできる。なお、七枚の武器カードはそれぞれ一度しか使えない。エクスカリバーの使い時が勝負の鍵を握る。
いやいや、待て待て。
場の総ポイントは、雑魚のゴブリンが三体もいるから、切り札は温存すべきなのか?! うあぁ~、どっちだ?!
迷った挙げ句、俺が出したのはバトルアックス。智奈美は……エクスカリバー?! バリバリ獲りにきてるじゃん! しかも俺の二番目に強い札が無駄死に……
結局、その後の勝負も智奈美に掌で転がされて敗退。寺嶋と仲良く机に突っ伏す羽目に。
「てか智奈美ちゃん、意外としゃべるね!」
大人しくて、怖がりのイメージがあったけど。恥ずかしがり屋ってわけではないのか。
「うーん……みんなの前でしゃべれって言われたら困っちゃうけど」
「チナは聞く側なことが多いもんねー」
なるほど。聞き上手で、率先してしゃべることはないってだけか。当の本人は「話題が乏しいだけだよ」と照れている。眉毛ハの字にしちゃって。
「智奈美ちゃん。文化祭当日、俺と回らない? で、客として参戦してボッコボコにしてやろうぜ?」
よっっし! イイ感じの流れで誘った! このままノリでOKしてくれ智奈美ちゃん!
「伊藤ーー、空気読めーー」
寺嶋はジト目。客側がゲームに勝つと、ささやかなお菓子の賞品をだすのだが。当然コストもかかるので、運営側としてはあまり放出したくないのだ。
「てか伊藤はアツシとツイスターゲームでいいしょ。バッキバキになれ?」
「じゃあ、私が札を読んであげる」
田辺ユッコの言に智奈美までノってきた。もう、智奈美ちゃんてば!
「俺がどうなってもいいっていうのー?!」
俺のリアクションに、会議室は笑いに包まれる。うーん。約束が曖昧なまま……
「てか、伊藤。頼んだコピー」
笑いながら寺嶋が思い出したように言う。
「もぉ~、人使い荒いんだもん」
俺、コピーとか買い出しとか女子どものいい使いっ走りになってない?
私物のクリアファイルから、頼まれたコピー――輪転機で刷った色紙の模擬店チラシを取り出す。
「伊藤、カットも頼んだじゃん」
うぐ。わ、忘れてた。
もう一回職員室往復かぁ。出したチラシをファイルに戻そうとした俺の手に、
「待って」
智奈美の白い指が触れた。
「そのクリアファイル、ちょっと貸してくれない? 代わりにこれ、使って?」
アニメグッズのクリアファイルの代わりに俺に手渡されたのは、フワモコのミントカラーのヤドカリが大きく描かれたファンシーなクリアファイル。つい、夢に出てきた智奈美巻き貝を思い出してしまった。
「フフッ」
「もう。伊藤君、なに笑ってるの?」
「いや、何でもないよ」
夢の中で君が巻き貝に隠れてカラオケ行きたくないって言い訳してたんだ、とは言えない。彼女にあの夢の記憶はないんだから――
急に虚無感を覚えた。
好きな人の夢に行ける。そのことに浮かれて。彼女が忘れてしまった夢のあれこれを、俺だけが覚えている孤独――君と楽しく話すたび、君が笑うたび、俺たちの間に何の進展もないことを痛感するんだ。
この友達未満の曖昧な関係でいる限り、俺と君が互いの裸心をさらけ出すことはないんだろうな。顔は見えていても、本心は取り繕った表情――波紋の揺らめきの向こう側だから。
「文化祭当日に返すから。ちょっとだけ。いいかな?」
「あ、ああ」
申し訳なさそうな智奈美に、我に返った俺は中途半端な笑顔で取り繕った。




