夢の中だと恐ろしく素直になりませんか?
主人公:俺(伊藤)
ヒロイン:山中智奈美
「ヨーロッパのお城にある高い塔ってね」
身分の高い人の幽閉場所だったんだよ。
狭くて暗い石造りの螺旋階段で、彼女はガラス玉みたいな澄んだ瞳で俺を見つめた。
「どんな気持ちでここを登るんだろ」
階上へ視線を投げかける彼女は、名前を山中智奈美という。クラスメイトで、俺が秘かに目で追う女の子。成績はトップクラスで、涼しげな顔立ちは無表情だと雪の女王。でも、はにかんだような笑顔が可愛くてマジ天使な――アホでイケメンでもない俺とは、住む世界がちがうっつーか……。
怪しげな老婆がくれた夢渡りの飴玉。舐めると、好きな人の夢に行ける。けれど、好きな人は共に見た夢の内容を忘れてしまう。
だから、俺が何やったって、アホなセリフでスベったって、夢の中限定なんだ。
現実の智奈美は、夢を忘れてしまうから。
だから、彼女の俺に対するイメージも落ちない。夢の中限定なら、好きな子を前に裸の心でも怖くない。
智奈美の纏う服が、ギリシャ神話風の白いストンとしたシルエットのドレスに変わる。艶やかなボブカットの髪に三日月の髪飾り、華奢なデコルテで星を連ねたチェーンが揺れる。
そして……俺はパジャマから銀の甲冑に衣装チェンジ。智奈美の思考に引っ張られたらしい。
凛として近寄りがたい雰囲気の彼女だけど、意外と少女趣味なんだな。すらりとした肢体に飾りすぎないドレスがよく似合う。
――でもさ。
スカートの丈がよろしくない。
俺が見つめる先で、するすると白いスカートが短くなる。大胆にスリットも入れよう。でもってサイドは紐がいい。
「きゃあっ!? な、なんで?!」
気づいた智奈美が、目を白黒させて狼狽し、チアガール並に短くなったスカートと、すらりと伸びる脚に俺は見惚れた。
だがしかし。
双方の見る夢は双方の思考を反映する。
頬を赤らめて俺を睨む智奈美のスカートは、本人の意志でするする伸びる。それを、俺も意志の力でナニクソと短くする。
スカートの裾は、膝小僧を行ったり来たり。スリットも入ったり消えたり……お、紐には気づかなかったと見える。ラッキー!
「むむむぅ~~!」
顔を赤くして智奈美が呻った。途端、
ポンッ ポンッ ポンッ
智奈美の意志だろう。野球ボールくらいの丸っこいぬいぐるみが数匹現れるや、俺の顔に殺到した。
「「「ニャーーー!!!!」」」
(`・ω・´)な顔したパステルカラーのぬいぐるみたちに視界を塞がれる。
「くっそ! 見えねぇ!!」
(▼皿▼)な顔で噛みつくぬいぐるみもいるけど、痛くはない。でも、智奈美は俺と距離を取ったらしく、ぬいぐるみの隙間から見えるのは黒々とした螺旋階段のみだ。
黒い螺旋階段……思い出すなぁ。昨日やり込んだゲーム。確か床が……
ズズ……
ズズズ……
扇形の足元が揺れ、顔にたかっていたぬいぐるみたちがポンポンッと消える。少し離れた所で、両手でスカートを押さえていた智奈美が「キャッ」と叫んで尻餅をついた。途端に床が動き出した。
そう。ゲームでは螺旋階段がエスカレーターのように下へ下へ……
「ぼ、ボーリング?」
「?!」
智奈美の呟きに、床が黒い石の階段から銀色のスロープに変わる。アレだ。地面に深い穴を穿つ重機、ボーリングマシン。
「ひぃ?! く、く、く、」
智奈美、ホラー漫画で怪異に遭遇した女の子みたいな顔してる。まあ、アレが好きな女子はいないだろうな。
ビシャッ! と、天井に青銀に輝く大きな螺旋――。
そうそう。粘着質な巣を飛ばしてくるんだ。喰らうと【状態:麻痺】になって、ステージボス――ポイズンスパイダーにタコ殴りにされるんだよなぁ。
ゴウン
ゴウン
ゴウン
不気味なリズムで床が回転し、下へ下へ、待ち受ける大蜘蛛の方へ吸い寄せられていく。
俺は、へたり込む智奈美の手を掴んで、螺旋スロープを駆け上がる。重そうな甲冑を着ている割に、身体は軽い。夢の中だからだろうか。
ゴウン
ゴウン
ゴウン
ゴウン
ゴウン
ボーリングの回転が速くなる。走っても走っても大蜘蛛との距離が詰まっていく。クソッ!
そういえば――バケモノに追いかけられる夢を見るのは、悩み事を抱えているからだという。
「!」
ぐん! と、智奈美と繫いだ手に強い抵抗。振り返ると、智奈美の脚に真っ黒い蔦が何本も絡まって彼女を地に縫いつけていて。
「や……く、そ……く」
涙目の智奈美。薄紅色の唇が震える。
約束??
智奈美の悩み事か?
大蜘蛛が、毛むくじゃらの長い脚を広げる。このままじゃ智奈美がアレに――。
「せっかく好きな子と会えたのに悪夢とかふざけんなよ! こういう時、蜘蛛の後ろに巨大歯車があって……」
指定時間を生き延びたら、蜘蛛は歯車に挟まれてサヨウナラってのがお約束だろう?!
俺が叫ぶと、大蜘蛛の後ろに鈍色に光る巨大歯車が現れる。
ガキッ ガキッ ガキッ
グォオウン
グォオウン
硬質な轟音が交錯する。ボーリングマシンの回転スピードが落ちた! 俺は智奈美に駆けよる。
「あ……あの、さっき『好きな子』って」
彼女の脚に絡みついた蔦を解こうとする俺を、智奈美が目をまん丸にして見上げている。
「そ。智奈美が好き」
現実なら恥ずかしすぎて出てこないセリフも、夢の中ではストンと出る。不思議なもんだ。そもそも俺、智奈美を「智奈美」って呼べないのに。いつも他人行儀に「山中さん」としか……。
「すす……す、好きって……」
智奈美が何やらモゴモゴ言っている。
何でかしおしおと枯れていく蔦をブチブチとちぎって、ふと顔を上げると智奈美と視線がかち合った。一瞬……ほんの数秒見つめあう。まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような――ぱっちりした目をさらに見開いて、半開きの口もそのままで――。
「智奈美は可愛いなぁ」
夢の中の俺は恐ろしく素直だ。ガキンチョみたいににやけ下がっている自覚がある。
「え?! ふぇ?!」
途端に智奈美の頬がボッと茹で上がる。なんでかめちゃくちゃ照れた俺は、ドキドキを誤魔化すように、彼女の白くて華奢な手を掬い上げた。
「来いよ、智奈美ちゃん」
さあ、悪夢とはおさらばだ。出口はすぐそこに作ってやる! なんつったってこれは夢だからな!
「ヘイ! 出口カモン!」
好きな子との夢なら楽しい方がいいに決まってる。指さした先には、ぐんぐん膨らむ丸い光――。