3)愛すべき仕方ない人
その日も、グレースは夫アレキサンダーを笑顔で出迎えた。
「聞いてくれ、グレース。ロバートが酷いんだ」
アレキサンダーの第一声にグレースの笑顔は苦笑になった。またか。というのがグレースの正直な思いだった。
「酷いと思わないか、グレース。ロバートは、いくらローズを可愛いからと言って、私に叱らせて、自分は甘やかすんだ。昔はそんなことはなかったのに」
愚痴を言うアレキサンダーは幼子のようだった。
グレースの視界の隅で、サラが苦笑しているのが見える。先ほど、その話をしていたのだ。
「アレックス、ローズはまだ子供です。そう嫉妬なさらなくても」
「嫉妬なぞしていない」
アレキサンダーは不満げに言うと、グレースから顔をそむけた。
「まぁ」
あまりにわかりやすいアレキサンダーの反応に、グレースは笑い出してしまった。
「なぜ笑う」
アレキサンダーはすっかり機嫌を損ねてしまったらしい。それでもグレースの肩を抱いた手はそのままなのだから、それほどでもないのだろう。
「アレックス。以前からあなたはロバートは面倒見がよい、小姓達も皆慕っていると自慢しておられたではありませんか。ねぇサラ」
サラもほほ笑んだ。
「えぇ。私も何度もお聞きしました」
「それはそうだが」
グレースが王太子宮に嫁いできたころ、最も恐ろしかったのが無表情なロバートだった。見目がよいだけに、作り物のようだった。
アレキサンダーとようやく親しくなったころ、グレースはロバートが少し怖いと打ち明けた。そうするとアレキサンダーは、グレースに、ロバートがいかに優秀かを語って聞かせたのだ。まるで兄の自慢をする弟のようだった。
「ロバートがローズの面倒を見て、ローズがロバートを慕っているのです。小姓達と変わらないでしょうに」
ロバートが、本当にローズを小姓達と同じように可愛がっているのかは、グレースにもわからない。だが、アレキサンダーの心情を慮ると、小姓と同じだと、口にしてやるほうがよいだろう。
「そうか」
明らかに機嫌を直したアレキサンダーに、グレースは微笑んだ。
「アレックス、あなたもそろそろ“ロバート離れ”をなさいませんと」
「なんだそれは」
グレースの言葉に、アレキサンダーが眉を顰めた。
「ロバートは子供好きだと、おっしゃったのは、あなたではありませんか。小さなローズが、可愛くて仕方ないのでしょう」
深くなったアレキサンダーの眉間の皺に、グレースは手を添えた。
「小さなローズに嫉妬などなさらないで、アレックス。あなたには私がいるではありませんか」
アレキサンダーの眉間の皺が消えた。
「そうだな。確かにあなたの言う通りだ」
機嫌をよくしたアレキサンダーにグレースは微笑むだけにとどめた。
アレキサンダーが“ロバート離れ”するのは、当分先になりそうだ。
幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです