2)損な役回りをしろというのか
アレキサンダーは、公式の場に立つ父アルフレッドを意識して、厳めしい顔をつくった。
「ローズ。前にも言ったが、お前がしたことは、本来は処罰の対象だ。王家の財産である過去の記録を、私が許可する前に複写をし、王太子宮の外に出した。だが、君は手順を間違っただけだ。最初に私に許可を願い出ればよかった。王太子宮に来て日が浅い、君が知らなかったが故の、意図しない間違いだ。だから、今回は君を処罰することはない。今回のことを反省して、次から同じ間違いがないようにしてくれたらいい。わかったか、ローズ」
「はい」
ローズの小さな声がした。ローズは素直だ。物覚えも良い。手順などいずれ覚えていくだろう。駄目なものは駄目だ。どうすればよかったかをきちんと理解してくれたらよい。ロバートはローズにそれをわからせたかったのだろう。
「ごめんなさい」
ロバートにしがみついたまま、ローズが謝罪した。
「わかっているならばよい。ローズ、席に戻りなさい。今は休憩の時間だ」
アレキサンダーが声をかけたが、ローズはロバートから離れようとしなかった。
「どうしました。ローズ。アレキサンダー様も許してくださいましたし、そんなにしがみ付かなくても大丈夫ですよ」
ロバートが、ローズに語り掛けていた。
「ごめんなさい」
ローズがまた、謝罪の言葉を口にした。
「どうしました」
「しかられたの。悪いことをしちゃったの。ごめんなさい」
ローズのあまりに悲しそうな声に、アレキサンダーと近習達は顔を見合わせた。
「どうしました。ローズ、アレキサンダー様も許してくださったのですから、そんなに怯えなくてもよいでしょうに」
ロバートはそう言うと、慰めるようにローズの背を撫でた。ローズはロバートにしがみついたまま、離れようとしない。
「悪いことをしてしまったの」
ローズの声は震え、今にも泣き出しそうに聞こえた。
「いいえ、ローズ、あなたは悪いことはしていませんよ」
俯いたローズの頬をそっと両手で包み、ロバートが目を合わせてやっていた。
「順番が違っただけです。あなたは悪いことはしていませんよ。だから、そんなに悲しまないでください」
ロバートの声は、アレキサンダーも聞いたことが無いほど、優しい響きがあった。
「順番?」
「えぇ、順番です。アレキサンダー様に許可をいただいてから、書類を書写し、送ればよかったのです。何も悪いことはしていませんよ」
「本当?」
「ええ本当です。人は誰でも間違いがあります。同じ間違いをしなかったらよいのです。それに今回は手順が違っただけです。今から手順を覚えていったらよいのですよ。あなたは何も悪いことをしていません」
「はい」
少し落ち着いた様子のローズをつれ、ロバートは席に戻った。
損な役回りを押し付けられたアレキサンダーは、今度こそ溜息を吐いた。ロバートはローズに、駄目なものを駄目と、きちんとわからせるため、アレキサンダーに、叱るように仕向けたのだ。アレキサンダーとしては言い聞かせたつもりだった。思いがけないほど、ローズを動揺させてしまった。子供の扱いは難しい。
ロバートは、相変わらずしおれたままのローズを慰めてやっている。ロバートだけが、得をした気がする。
「ローズはあれか。叱られ慣れてないだろう」
エドガーの言葉に、ローズが頷いた。
「ローズはいい子だからなぁ。それは、びっくりしたろう。今回が初めてじゃないか、ここにきてから叱られたのは。それなら驚いたろう。ちょっと怖かったかもしれないけれど、アレキサンダー様は優しい方だから、わかってくださるよ」
そう語り掛けるエドガーの声も優しかった。その間もずっと、ローズの隣に座ったロバートは、ローズの頭を撫でてやっている。
「あぁ、なるほど。慣れているあなたの真逆ですね」
エリックが、したり顔で頷いた。
「エリック、お前、一言余計だ」
仲の良い従兄弟達の掛け合いに、執務室が笑い声に包まれた。ようやく笑ったローズの額に、ロバートが口づけたのが見えた。
やはり、ロバート一人が得をしている。ロバートは素直で聡いローズを気に入ったのだろう。アレキサンダーの扱いが酷くはないだろうか。アレキサンダーは、少し恨めしい気持ちでロバートに目をやった。