1)どうしろというんだ
大袈裟な。アレキサンダーはため息をつきたかった。
近習の筆頭であるロバートを先頭に、ロバートの手足となり働くエリックとエドガーの三人が跪いているのだ。先頭のロバートには、怯えたようにアレキサンダーを見るローズが張り付いている。
先ほどまでの寛いだ雰囲気は微塵もない。
どうしてこうなった。お前は何を考えている。
アレキサンダーは黙ったまま、先頭で跪くロバートを見た。黙ったままのロバートは視線を逸らさない。アレキサンダーに何かをさせたいのだろうが、ロバートは無言を貫いていた。
事の始まりは、ローズの発言だった。
客人が帰った応接室で、アレキサンダーと近習達に、ローズも加わり寛いでいた。
「ロバート、あのね、あなたがいないときのことで、言わないといけないと思うことがあるの」
ロバートの隣に座っていたローズが、神妙な顔でロバートを見上げていた。
「はい」
答えるロバートの声は、アレキサンダーもめったに聞いたことが無いほど優しい。面倒見のよいロバートに、ローズの世話をまかせたのは間違いではなかったと思う。時に、構いすぎのような気もするが、価値観は各自違うものだから、仕方ないだろう。
「イサカの町の資料を送ったことがあったでしょう」
「ありましたね。あの時の資料は、本当に役に立ちました。ありがとうございました」
ロバートが礼を言ったが、ローズは緊張した面持ちのままだった。
「あのときね、アレキサンダー様の許可を頂く前に、ロバートに資料を送ってしまったの」
そういうこともあったなと、アレキサンダーが言おうとした時だった。
ロバートの顔から柔らかい表情が消え、アレキサンダーの前に跪いたのだ。一瞬だった。
「申し訳ないことでございます」
跪くロバートを見たローズの顔が、みるみる強張っていった。
「イサカの町に居りました際、ローズに資料を請求しましたが、アレキサンダー様に許可を頂くことを伝えておりませんでした。申し訳ございません。王太子宮にきて日が浅く、ローズが不慣れであろうことを、失念しておりました。指導が行き届いておりませんでした。申し訳ございませんでした。私の責任です。ローズは知らなかったことです。どうか、御咎めなきようにお願いいたします」
ロバートは口上を述べたのちも、跪いたままだった。そのロバートの横にローズが立った。
「ロバート、前にエドガーと、エリックも一緒に謝ってくれたわ。でも、そんなにいけないことなの」
王太子宮にきて日が浅いうえに、ローズは孤児だ。王侯貴族に仕える者にとっての常識を知らないのも無理はない。単に手順を間違えただけだ。アレキサンダーの名代としてイサカに派遣されていたロバートの要請に基づき、書類を用意し、イサカに送った。書類を送ったということも、きちんと自ら報告してきた。
順序を間違えただけの子供を、叱責するほどアレキサンダーも厳格ではない。
「あってはならないことです。王太子宮にある資料は国のものです。王太子宮の責任者であるアレキサンダー様の許可なく外に出すことは決してできません。処罰の対象です」
ロバートの言葉に、ローズが怯えたように跪いたロバートに張り付いた。ロバートを盾にするようにし、おそるおそるアレキサンダーを見る、ローズと目が合った。
「ごめんなさい」
エドガーとエリックも同様に跪いた。
「あの当時、ローズの指導をしていたのは私ですから、私の咎です。イサカの町にいたロバートが指導しようもないことです。どうか、ロバート、ローズには御咎めなきようにお願いいたします」
「資料の整理、書写は、私の提案で小姓達の手も借りて行いました。その際に、アレキサンダー様の許可を頂いているか確認しなかったのは、私の咎です。申し訳ありませんでした」
近習の筆頭であるロバート。そのロバートの手足となっているエリックとエドガー。その三人がそろい踏みでアレキサンダーの前に跪く、異例の事態に、ほかの近習達は顔を見合わせた
そろって跪いた三人と、ロバートに張り付いているローズに、アレキサンダーは溜息を吐きたかった。ロバートは真面目だ。融通が利かない。そしてなにより自他ともに厳しい。
アレキサンダーは、人の上に立つ以上、時に人を罰することも必要だ。処罰には公平性が保たれねばならない。とはいえ、無知と勘の良さ故に、手順を逆にしただけの子供を処罰する気にはなれない。そうであっても処罰すべきものは、きちんと処罰するのが、上に立つ者の責任だ。
怯えた子猫のように、ローズはロバートにしがみついている。何か言いたげにこちらを見るロバートを見て、ようやく合点がいった。そういうことか。