5.
歩き始めて1時間ほど。
ふっ、と森の空気が変わった。
目に見えて何かが変わったわけではなく、なんとなく気配というか空気というか、緊張感が解けた感じがした。
キョロキョロと辺りを見回すが、どこまでも続く木々の景色に変わりはない。
だけど、
「...虫だ」
蜘蛛が、糸を垂らして木からぶら下がっている。
ここへ来て初めて、生き物を見かけた。
歩きながら、考える。
何かが、おかしい。
いや、何もかもおかしいんだけど、
私自身、何かがおかしい。
「...食べられるやつだ」
見たこともない果実を発見し、即座にそう思った。毒々しい色味の果実。絶対、食べようとは思わない。
でも、これは食べられる。
空腹のあまり血迷っているわけじゃない。
食べられる、と知っている。
甘い果汁が喉を潤すことを知っている。なぜ?
「あ...うさ、ぎ...?」
やや遠くに見えたのは、ウサギに似た動物。
白い柔らかそうな毛並みと全体的なフォルムはウサギなんだけど、耳が長くない。つぶらな目でこちらを見る。
そんなかわいい小動物を見て、私は思う。
ああ、この角度で心臓を一突きにすれば楽に仕留められるな、と。
血抜きをして、皮をはいで、関節ごとに切り分けて...そんなことを考えてしまう。
そんなこと、出来るはずがないのに。
そんな知識も、技術も、経験も、度胸も、私には無い。
そんなこと、できない。したくない。
非現実的な妄想を、頭の中から追い出した。