眠る聖女
ピピピピピピピピ――
朝のまどろみを切り裂くような目覚まし時計の音と共に、僕は目覚めた。
昨日洗ったばかりの真っ白なシーツから這い出るような思いで、のそのそとベッドから起き上がる。
傍らには目を閉じた女性の姿。
背中まで伸ばした髪は茶色に染めているというのにどこか落ち着いた雰囲気で、日に焼けていない真っ白な肌と相まってなんとも儚い。
だから、彼女がどこかに行ってしまいそうな気がして紺色のパジャマを着せてしまった僕は決しておかしくないのだろう。
――彼女の名前は白鳥林檎。
僕の聖女様だ。
彼女を好きになったのは、小学生のころだった。
あの頃は彼女を守ることに必死で、少しでも傷つくことがあったらすぐにかけつくようにしていた。
――一緒に絵本を読んで「僕は騎士になりたい」って言ったこともあったっけ。
彼女はとても面白そうに笑って、「なら私は聖女様になりたい」って答えていたのを、今でも鮮明に覚えている。
あのときはとても幸せで、ずっとこうやって暮らせると思っていた。
それが狂ったのは、いつからだったろうか――。
ぶぅん、ぶぅん、と低い羽音で現実に引き戻される。
この音は蠅だろうか。今月は暑いというから、虫がわくのも仕方ない。
しかしあまり放置もしていられない。
僕ならともかく、彼女にたかられたら一大事だ。
僕は電気のスイッチを付けて、殺虫スプレーを取りに台所へと歩いていった。
――ああそうだった。
歯車が狂いだしたのは、あいつが――裕太が彼女と付き合いだしてからだ。
文武両道の帰国子女、性格もよくて誰にでも優しい。
……だなんて言われてたけど、本当は違った。
わかるんだ。だって彼女がときどきさびしそうな顔をしていたから。
いつもは楽しそうだったけど、たまに見せるあの顔が本音なんだって僕は知っていた。
だって僕は、彼女の騎士だったから。
でも僕はバカで、臆病で。
彼女の結婚式まで、なんにもできなかったんだ――。
殺虫スプレーを持って、寝室の電気をつける。
いつものように虫を退治すると、僕は彼女に顔を近づけた。
目を閉じたままの彼女。その首筋にくっきりと残った、僕の手形をそっと撫でる。
彼女はそれにも動じず、あの時のまま眠っている。
……ああ、綺麗だ。
僕の聖女の死に顔は、ずっとずっと、綺麗なままだ。