表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
698/728

431. 這い出

431. Dugout


それが、今の私に向けて伝えられた、我が友の前日譚だった。


「そう、か…」


一匹だけ、死産だったんだ。


「だからあの時、雌狼は。」




「最後まで、貴方の傍に、いたのですね…」


他のすべての狼たちを、ヴァン川の対岸へ向かわせ、

その娘は、最後まで貴方の腹の中から、出てこようとはしなかった。


地上で生き永らえた瞬間とは、こんなにも、ほんの一瞬。


「帰ったら、挨拶に向かわせてください…」


すっかりと、失念していた。

まだ、そこにいるだろうか。


「貴方も、そこで、待っていて下さいますよね…?」


控えめがちな視線を渡すと、貴方は微笑むでもなく、悲しげに顔を傾けて、私を見つめるのです。



「その娘は…何という、名なのです?」


「彼女もまた、貴方の友に、名を授かったのでしょう?」


「さあな、我は知らぬ。」


「え……?」



「在奴は、あの時、彼女の名を口にはしなかった。」


「あの仔だけは、我が友によって、攫われずに済んだのだ。」



「そう…でしたか。」


少し、それを良かったと思えない自分がいた。

名前には、確かに首輪のような意味合いもある。

自分自身も、嘗てそのように感じていた。けれど。


「故に、主が名付けるが良い。」


「それは…どういう、ことでしょう?」


光栄であると、受け取るべきでしょう。

しかし適任なら、思い当たらない訳にも行きません。


「この物語は、きっと(めぐ)る。欠ける一匹などおらぬ。」


「主なら、きっと出会えるはずだ。」




「その時に、主が思いついた名で、彼女を呼ぶがよい。」




「……わかり、ました…。」




いつ、どの世界でかは、分らないけれど。

その時までに、

俺は幾つか、ぴったりと思える名前を、あいつに紹介して貰うとしよう。


その役目、長より受け継ぐ用意は出来ている筈だ。




「でも…やっぱり、分からないのです。我が狼。」


「これは…これは、どんな寓話ですか。」


貴方が伝えたいと思った言葉。

実のところ、私には、これぽっちも理解できそうに無いのです。


どのように、解釈するのが、正しいのでしょう。

そして私は、誰のための糧とすれば良いのでしょう。





そうして、路頭に迷うくらいであれば。

私は、間違っていると言われた方が良かったな、とさえ。


未熟ですね。

きっと、この話を聞かせて貰えるのさえ、まだ早すぎた。

ですが、もう、答え合わせをする時間も無いのでしょう。







「しかし、ひとつ、私は重大な事実を知ることが出来ました…」


「ヘルヘイムにも、死とは存在する。」


そこで、命を使い果たすことが、

それよりも、更に下へと堕ちること、

ニブルヘイムへ至る業を意味したのだ。




「我が狼は、最初からそれを…?」




「その真意を悟ったのは、我が老い耄れを到頭見つけることが出来ぬと、諦めてからのことだ。」



「あの男は、それを、異世界への逃亡、自らに相応しい受難などと、解釈したようだが。」


「…我は、とんだ検討違いであると思って居る。」


確かに、Teusは、嘗てのSiriusに向けて、そのようなことを話していた。

どんな根拠があって、またその類の力を失ったと話していた彼がなぜ、それを窺い知るに至ったのか、謎のままであったけれど。


「確かに、それは、彼らの意思によって為された…自らに与えた罰だと言ってよい。」


「だがそれは、現世での咎…」


「彼らは、彼ら自身の、命を前借りた。」


「その契約の支払いを、させられたに過ぎぬ。」


「……?」




「否定の契約が、ヴァン神族の流儀であるのかは、知ったことでは無い。自覚がその時にあったのかさえ、口を聞けるものに出会えぬ。」


「だが確かなことは、彼らはその場で、代償を支払うことを拒んでおるのだ。」



「あたかも、この瞬間を都合よく生きることこそが、素晴らしく尊い犠牲の対価であるとでも言うように。」


「自分の命を投げ捨てる行為さえ、後払い。」


「そうすれば、誰も悲しまずに済む。…今は、死ぬまでは。」




「ふっふ……とんだ人好しよのう…主らは。」




彼は、顔を歪めて、それは悪役を謳歌するように、毛皮を重たそうにゆすって笑う。

死神が、まんまと愚かな人間を騙し、魂を刈り取ってやったぞと愉悦するように。




「愚かしいとは、思わぬか。主よ。」


「全知全能とは、よく言ったものだ。」


「神様なら、死んだ者さえ、甦りを可能にできる。…本気で、そう考えておったとは。」




「ああ、本当に、人好しな友であった!」


「ダイラス、我が人間の友よ…!!」




貴方は、吐き捨てるように叫ぶと、すっきりしたような笑顔で、夜空を仰ぐ。

まるでその向こう側にいるかのように。

それが、今の貴方には、見えているかとさえ、錯覚してしまえるほどに。

今の貴方の毛皮は、今までで一番、透き通っている。




「分かるぞ、主よ。」




「主は今、あの男の最期を想像し、いらぬ妄想に駆り立てられておることだろう。」


「既にその命、狩り尽くされた後の抜け殻同然。我の腹を満たせる貢物など、何も残ってはおらぬ。」




「そして、その妻は…」


「結局は、同じ穴の狢。皆、喜んで投げ出す、大馬鹿者たち。」




「夫の勇気に振り回され、今は…どこで、どのような、酷い目に遭わされているだろうな。」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ