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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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429. ここ掘れ 10

429. Dig it 10 


「復活呪文だって…??」


「何を、馬鹿なことを言っているんだ、ダイラス兄さん!?」


久々に帰って来たと思えば、これだ。

弟を夜更けに叩き起こして、することと言えば、ヴァン川の向こうで見つけた狼の話ばかり。


奥さんの所へ行かず、直接こっちに来ている。根拠は無いけど賭けても良い。


「俺は大真面目だ。…ほら、ちゃんと、俺の目を見て。」


しかし、今夜の兄さんは、輪をかけてと言うか、明らかにおかしかった。

血相を変えて、底冷えの酷い僕の寝室に飛び込んできた姿は、何処か自分の面影を失ってしまっているようにさえ見えたから。


俺が寝ぼけているか、啓示にも似た悪夢を見せられているので無ければ。


「頼むよゴルト…お前しか、頼れる相手がいないんだ。わかるだろ?」



そう、

その頼み事は、度を越えていたんだ。




死産した仔狼を、蘇生してほしいだなんて。




どうやら、兄さんは、ここ数日、その大狼の子供の出産に立ち会っていたらしい。


何を言っているのか、全く理解出来なかったが、

兄さんが言うには、狼のリーダーに、番の仔狼たちの助産を手伝って欲しいと頼まれたのだと言う。


人間の言葉を操る狼の存在を、僕が特段驚かず、既知の事実として受け入れたことを訝しまなかったのは、

兄さんの気が余程動転していたからなのだろうが。日記を盗み見ていたことを悟られずに助かった。


それにしても、不思議な話だ。

母狼が、難産の予兆を自らのお腹に嗅ぎ取っていたということだろうか。




兄さんは先週から、外出中は母狼の様子を殆ど付きっきりで、具に観察していたのだと言う。

それで段々と彼女の落ち着きがなくなり、食欲を全く持って示さなくなった為、今夜あたりが峠だと確信していたらしい。


お腹が張りだして、陣痛が起こり始めたのは、夕方のこと。

ちょうど兄さんが、夕食も食べきらずに家を出て行った時間帯だ。


どうして、お嫁さんの出産に立ち会うことさえしなかった兄さんが、そんなことを知っているのか。

でもそれは確かに、胎子が移動し娩出される合図だ。


そしていよいよ破水が起こると、羊膜に包まれた胎児が、羊膜から出た状態で娩出される。


人間よりも、もっと熱くて、そして、小さかった仔狼たちが両手に握られた時の感動を、兄さんは興奮気味に語った。




「でも…何か、おかしかったんだ。」




「最後の6匹目が、一向に出てこなくて。」


分娩の間隔が、先までは30分から1時間の間だったのに。

そこからかれこれ、2時間は経っている。


やるしかない。


母親の容態も芳しくなかったから。

先までは荒かった呼吸状態も、今やぐったりしていて、痛む様子さえ見せない。



大狼の罵声を制して帝王切開に踏み切った時の緊迫した様子を、事細かに僕へ報告しようとするので、僕は視界を覆ってそれを制した。


「や、めて…もう良い、分かったから!!」


兄さんの両腕にこびり付いた血が、人間のそれでは無い事実から目が離せなくなって、何も耳に入っては来なかったから。

卒倒してしまいそうな眩暈に中てられ、酷い吐き気がする。




「そ、それで…その仔は…?」




「…駄目だった。」


その胎児の生死は、もう手の平で握っただけで分かった。

息をしていない。


すぐに蘇生に入った。

羊膜を優しく剥がして、口と鼻を吸引し、激しく擦って刺激する。

しかし、一向にその一匹だけは、ぬくもりを右手に灯さなかったのだ。




このままでは不味い。

でも、とても一匹だけはもう死んでいるなんて言えない。


こうして、母狼の助産をさせて貰えている状態が既に奇跡だ。

もし、自分の手違いで、一匹死なせてしまったと父親が誤解したら、俺はどうなる?



怒り猛った大狼に、喰い殺されるだけなら、

それから延々と悲しみに暮れてくれるなら、まだ良い方で。

それでも治まらない恨みの矛先が、どこに向くかは、想像もしたくないことだ。

これは絶対に失敗してはならない ’取り上げ’ だったのだと思い知らされるが、もう遅い。




(Gort)だったら、何とかしてくれるか…?




そう思った兄さんは、咄嗟に、取り返しのつかない嘘を吐いた。


この仔は、必ず救って見せる。

今は、息をしていないけれど、お腹にもう一度戻して、暫くすれば、

元気になって、もう一度生まれて来るって。




「……。」




「そう言う、訳なんだ…」


「……は?」


そう言うって、どういうことだよ。


呆れた兄さんだ。

眠りを妨げられた瞼が、言葉にならない怒りで、ぴくぴくと痙攣する。


「そんなの…無理に決まってるだろ!?」




「分かってるだろ!?」


「人間でさえ、あれだけの禁忌を犯したのにっ…!!」




そう、あの時のダイラス兄さんは…

ある種、本当に神様にでもなった気分でいたのだろう。



兄さんは、死産した仔狼さえも、救ってやりたいと言い出したのだ。



自分の、娘だけでなく。



「それとも兄さんは、自分の大切な誰かの為なら、他の誰かを犠牲にしても良いとでも、本気で思ってるのか!?」



僕が屋敷の使用人を起こしかねないような叫び声をあげるとは、思ってもみなかっただろう。

その強烈な一言が、貴方の目を醒ます一撃になればと願った。

実際、兄さんは、面食らったような表情を、ぼんやりとした濃淡ではあったが、暗がりに浮かべたのだ。


しかし、それも一瞬の気の迷いに過ぎなかったのだろう。

ベッドに突いた両腕で、毛布を握りしめ、兄さんは落ち着いた声音でこう呟く。



「……。」


「それに、俺がまだ値するなら。」



「……。」


やっぱり、兄さんは、とんだお人好しだ。

そんな、馬鹿げた理想を、平然と言ってのける。




「俺の命が、それに値するなら。」







「…でも、でも、無理だよ。」


「だって…一回きりだ。」



兄さんは、もう、その命、使い果たしたんだ。

もう、藁の上で眠ろうとも、地獄(ヘルヘイム)で平穏に生き永らえる命さえ、残ってはいないんだ。


「彼女に…彼女(Seras)にもう、兄さんは…」


「兄さんは、愛情を、渡したんだろう…?」




「……。」




「…分かってる。」




「俺にはもう、誰かの命を救えるような力は…代償は、残ってない。」


「でも…」


「……?」




その僅かな躊躇に、彼の決意がはっきりと透けて見えたのは、

やはり双子の間で、言い表せない、情意統合があったからなのだろうか。

いや、そんなことない。

僕の所へ来たのは、初めからそういう下心があってのことだ。

自力で何とかできるのなら、とっくの昔に、全部自分が潰れるまで背負いこんでる。


それに僕には、兄さんの気持ちが、これぽっちもわからないよ。


「ま、まさか…」




「僕にも、地獄の底へ一緒に堕ちろって言っているのか!?」




「……。」


「ふざけないでっ、兄さんっ!!」


「僕が…僕が、兄さんの望みを、なんでも叶えられると思ったら大間違いだっ…!」




「そんなに…そんなに、狼と一緒が良いなら、本望じゃないかっ…」


「兄さんなんかっ、狼に喰い殺されてしまえば良いんだっ!!」


「……っ!?」




「お願いだから…もう、お願いだから、目を醒ましてっ!!」




「……。」




兄さんは、暫く黙った。

弟に、そんなことを言われるなんて、思ってもみなかったのだろう。


ずっと一緒に、どんな試練だって、乗り越えられると思っていたから。

もし僕が、兄さんに、お願いだ、助けてくれと泣きついたときに、同じように返されたら。

そんな意趣が、ちくりと首筋を刺した。







「…ごめん。ゴルト。」




「今の話は、忘れてくれ。」




「ごめん…その、本当に、どうかしてた。」







「…俺が、俺が、自分で何とかするよ。」







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