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【続編連載中】Wolfhound(ウルフハウンド) ー神話に殺された狼のやりなおし  作者: 灰皮 (Haigawa Lobo)
第6章 ー古き神々への拘束編
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429. ここ掘れ 8

429. Dig it 8 


これは、旅立つ貴方を呼び止めるような言葉だと思った。


笑って見送るべきだ。そうと分かって、子供じみた我儘を言うなどする。


“Garmが羨ましい。”


そんな焼餅って、あるだろうか。

彼がいっぱいに受けた愛情とは、即ち貴方自身が集めた尊敬であるだけでなく。

やはり貴方によって祝福された存在であることこそが、一番の貴方による愛情であるような気がしたからだ。


“私のことも、もっと、可愛がってくれませんか?”


Skaは、何の恥じらいも無く、そんなことを求めて見せる。

きっと、自分がそれに値すると、小さい頃から確かめられてきたからに違いない。


俺は、どうだろう。

こんなに、必死だ。


でも私も、欲しいのです。

我が狼。貴方の愛情が。


“……。”




こんなに美しい夜でさえ、いずれは明けて、青い世界がやって来る。

そうなった時、今度こそ、もうすぐお別れです。


また、次に会えるのは、彼女の言う、この世の果てが訪れた時。

その前に、どうしても、何か言いたいことは無いか。


そう考えた時、ありがとうとか、きっと貴方の名に恥じぬ狼でありますとか、そんな言葉を贈る前に、

こんなお願いが湧き出てしまった。


俺は貴方から生まれた幸せな仔狼でありたいのだ。


まだ、欲しいなどと言ってしまいます。

ずっと、この口を開いて、喰らってきました。




それは、貴方と一緒にいたいという願いから、少し変容を遂げていることに自分でも驚いている。

私は、貴方によって特別でありたく、嘗て貴方であったことに誇りを感じ、それに支えられながら生きていたかったのだ。


“主よ……”


困惑らしい憂いが、貴方の表情を曇らせていたのは、初めの数秒だけだった。

遠吠えに耳を傾けるように目を伏せると、すぐに、どうするべきかを理解したかのような、確信の凛々しい面持ちで歩み寄る。



“済まなかった。Fenrir。”


その瞳には、慈しみの心が、ありありと溢れ出ていた。


その名が、貴方の口から紡がれることに、こんなにも動揺させられる。

だが、それ以上に私を狼狽させたのは、貴方に、その名を関する狼の面影を見たからだ。



“何も、してやれなくて。”



まさか…



泣いて、いらっしゃるのですか…?



“主は、己の痛みを、分かち合うことも許さぬ。”


“そして我は、和らげることすらも出来なかった。“




“我に、なりたいか。”




“主が、生半可な意思で、そのような言葉を吐く奴ではないと、知っておる。”


“どれだけの思いで、己を削ぎ落して来たのかも。”


“だから…だから、無下にされたと、受け取らないで欲しい。”




“しかし主が、我の足跡を着いて行こうとする必要は、何ら無いのだ…”


“主が進む先は、穏やかである。我はそのように確信しておる。”



後退りしそうになるほど、額を強くぶつけるられ、

貴方の啜り泣きに、私は寝転がって赦しを乞うことでさえ足らない。



“しかし…”


“しかし、もし、我に何か、してやれることがあるのなら…”


“まだ、我に、何か……”




そう呟いて、一匹狼が通れるだけの隙間を私の間につくると、

一手を絞り出すような険しい眼差しで、じっと私の足元を見つめていた。


“……。”


“…そうか……。


“…わかった。”




“我が、主に伝えたいことは、きっとこれに、違いあるまい。”




“目を逸らすな。”


“真実の話をしよう。”



“主が、これからを生きる支えとならんことを。”





――――――――――――――――――――――




そう、主はその日、違う匂いがしたのだ。


「お嫁さん、様子はどう?」


「特に、変わったことは無い?…子供たちも。」



我の姿を認めるなり、其方の第一声は、いつもそれだ。


「うむ…」


ヴァン川の畔で、いつも通りの待ち合わせ。

主は、水に足元を一つも濡らさずに対岸へ辿り着くと、此方が姿を現すまで、じっと水面に映る己の姿を見つめ、項垂れておった。


少し、肌寒い夜だったと思う。

強く風で足元の影が揺らぐたび、主は外套を身体にきつく巻き付けるのだ。


「彼女も、だいぶ落ち着いてきたようだ。」


最近は、よく、子供たちと共に眠るようになった。

それさえも許されなかった頃は、苛立ちこそ決して我には見せなかったものの、ぐったりとして、それでも目を伏せることが出来ずにいたから。


痩せこけた姿は、見るに堪えなかったが、今は、我が持ち帰った食事も、残さず食べてくれている。

子供たちにも、それらは乳となって、還元され続けることだろう。


「そう……それなら、良かった。」


「また、切開の傷だけ、見せてもらえる?」




「何だ…また、巣穴まで来るのか。」


「済まないね、化膿していないかだけ、心配で心配で。」


「…示しがつかぬ。あの巣穴は、群れ仲間たちさえ、入ることを許していないのだぞ。」


「分かってるけど…君がYonahを連れてきてくれるんなら、それで済むんだからね?」


「無理なことを言うな。それこそ、彼女の身体に障る…」


「この話、何回すれば気が済むんだか。」


「良いか、少しでも妙な真似をすれば、主の腹から上を…」


「はいはい、それも聞き飽きた。どうぞ真っ二つに食い千切って下さい。」




「…でも彼女の命まで、危険に晒すのだけは、本当にごめんなんだ。」


「全員、生きてお腹から出して上げられたら。ずっとそんなことばっかり、考えている。」


「一匹で、寂しがって無いかな…」


「…主は、最善を尽くしたと、我は信じておる。」




「…ありがとう。」


「可哀そうな娘さんの為にも、ほら君の子供たちのお母さんには、元気でいて貰わなくっちゃ。」




「さあ、早く乗せて行ってよ。Fenrir。寒くて、凍えちゃいそうだ。」


「ふん…騎乗はもっと、骨身に染み入ることだろうよ。」




「そうは思わぬか…」


「のう、ダイラス。」






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